"生きたい"という願いですら、この世界への裏切りなのか――
「――潜入任務だァ?」 ほとんど溶けてしまったベリーシェイクの飲み干すと、車持未紅は隣でストロベリーマティーニを傾ける女に訝しげな視線を向けた。「そうさ。楽勝だろう、お姫様?」 チェシャ猫めいた笑みを浮かべ、女は――傭兵派遣セル《烏合の衆》の首魁、"ナーサリーライムズ"は真っ赤なカクテルが注がれたグラスをカウンターに置いた。「先日壊滅した《パナケイア》セルが、とある顧客に『商品』を売りさばいた。まあ、それは良くある話さ。資金稼ぎの良くある話。ところが先日連中は別のセルとの抗争で壊滅しちまって、その混乱でお客に『商品』が届かなかった――とまあ、普通なら、これで終いの笑い話なんだが……」 "ナーサリーライムズ"は上機嫌でグラスの縁を爪弾いた。チンッ、と甲高い澄んだ音色がバーに響く。「流石に安い金じゃないからな。客も必死で『商品』の行方を探したところ、《パナケイア》の残党が持ち逃げして、どっかに隠しちまったんだとさ。ウケるだろ?」「……全然。ていうか、それと潜入任務と何の繋がりがあるんだよ?」「おいおい。ここまで言ったら察してくれよ、お嬢ちゃん。言われたとおりにヤるだけのマグロじゃないだろ、お姫様?」「まどろっこしいんだよ、テメエは。いつもいつも」「おお怖い。じゃあ簡潔に言おう。『商品』は、秋津島女学園の付近で位置情報をロストした。いくつかの情報網を使ったが、学園以外の場所からは『商品』は見つからなかった――となれば、探すべき場所は1つしか無いだろ?」「……馬鹿かよ。そういうのは、あのサイコ女とか、あの胡散臭いレネビ女にやらせろよ」「ちなみに、その学園にはUGNのチルドレンが潜りこんでるそうだ」「あ?」「以前、お前に渡しただろう? お前と、お前のお父様の仇の、紫色の《邪眼》を使うUGNのエージェントの資料を。その学園にいるそうだよ、その1人が。お前の、仇の1人が――」――ぐしゃり。 ベリーシェイクの入っていたグラスを、未紅は無意識のうちに握り潰していた。だが、グラスは砕け散らず、未紅の手の中――機械式のグローブに包まれた右手の中で赤熱し、溶岩のように流れてカウンターを焦がす。「おいおい。アタシの店を火事にするつもりかい? そいつは止めておくれよお姫様」「……うるせえ。そいつをブッ殺させろ」 "ナーサリーライムズ"は、自分に昏い眼差しを向ける未紅を満足気に見やり、楽しげに嗤った――…続きを読む