月の涙(全) (1/2)
月に落ちた涙が蒸発するまでの間、その表面に映ったのがこの物語です。 降りそそぐ星の光に照らされて鳴り響く、音の無いファンファーレ。さあ物語が始まって、舞台はここ。——宇宙の下の月の上! そこに在るのは街でした。一瞬に現れて、一瞬に消えてゆく、夢の欠片に浮かぶ街。一点に現れて、全てを映し込んでいる。 百の街路に百の秘密を隠し持ち、百の秘密の中に百の街路が紛れ込む、とても奇妙な嘘の街。 街路と秘密が絡み合い、たちまちのうちに増えてゆく、影を追う影の舞う、虚空に浮かぶ、君と私の目。合わせ鏡に映る街。 落ちた涙が消えるまでのその間、有限の中に無限が織り込まれ、瞬間の中に永遠が畳み込まれ、街にはすべてが現れます。空間も時間も、いやそれ以上、無いものも有るものも。宇宙の果ても、過去も未来も、ありえた世界も、無かった世界も、ここにはすべてがあるのです。 ここでは何でもできるのです。何でも生まれてくるのです。街には百万の道。百万の道の、百万の分かれ道。角を曲がる度に新たな道が生まれ、振りかえれば暗闇。 道の中に道が生まれ、道の中に道が消える。無限の街、永遠の街。涙一滴の消える中に封じ込まれた、無限の街、永遠の街。月の上、落ちる涙の中、鏡像の中の月は、現実さえも飲み込んで果てしなく、広がる偽の街。 光ります。水銀を湛えた月の海、星々を映し、たおやかに揺れるその上に浮かぶその街の華やかさ。 歌います。街を称え花たちが、無の海を揺らす歌声で、夢が紡いだドレスをまとい。歌う、失われた夢の哀。 夢から生まれたうつろうものたちよ。物の中に沈む失われた想いを吸い上げて、咲く花は幻。その果実は甘く、姿は麗し。 失われた宇宙の残光を浴びて、街の中には何物でもあるのです。かつて見た夢が花となり、芳香とともに、あふれ出します。 何物もあり、何物でもない、この街よ。光に溢れ、暗闇が浮かぶ、この街を、 ——私のロボットは、主人を探して必死に歩き回っていたのでした。
*
ロボットは、大きな通りを、きょろきょろとしながら歩きます。 街は人に——人でないものにも——満ち溢れ、活気に満ちた様子です。 大通りに沿ってずっと続くショーウィンドウには、宇宙の各地からの名品が、所狭しと並べられ、行き交う人々がそれぞれに群がって、楽しそうに笑っています。 アルクトゥルスのアクセサリーににタウ・ケチ自慢のハイファッション。今年の冬の流行は、アルデバランのカバンにアンタレスの赤い靴を合わせ、アンドロメダのラメをつけて、煌きながら歩くこと。 ——通りには、ショーウィンドウを抜けてきたかのような人ばかり。 シリウスの乙女がベガの情夫を連れて歩いています。ゴージャスなマントはカペラのダイヤ。虹色のネオンにそれが光ります。「ここは月の街、心の底からたのしみましょう」 それを見てロボットが深くため息をついた瞬間、 ネオンから飛び出して宙を飛ぶポップ。 〈楽しめ〉 〈楽しめ〉 〈限界はない〉 〈楽しめ〉 〈楽しめ〉 〈制限はない〉 欲望がそのままに言葉になって光りながら飛んでます。そして光る言葉はそのまま欲望に変わります。 ——フラッシュライト。 言葉が街中を埋めつくし、通りを歩く人々に当たっては砕け。欲望がそこで爆発します。それはまるであちこちで点滅するフラッシュライト。街では瞬間の欲望を爆発させる人々の群れ。次々に商品は売れ、腹が減ってなくても美食に溺れ、満腹したら裏の暗がりでは性欲の爆発。 ここは月の街。瞬間の街。瞬間の中には歴史なく、歴史無いところに倫理もありません。ここではすべてが許され、すべてがある街。でも、もしかして、すべてがあるがゆえに何も選べない街。なにもかもがあるために、何かを探すのには無限の時間がかかる街。 ——だから、私のロボットはまだ探し人を見つけられず、通りから通りへ。 ありえるものすべてがここにあるのならば、きっとロボットが探すものもここに有るはずなのですが、それには無限の時間がかかるのです。無限を追いかける有限のもの。無限に追いつくには無限になるしかありませんが、それもできぬロボットは、偶然にすべてをかけるしかありません。 通りから、通りへ、凄い勢いで風景の変わる街の中、ひたすら歩き、ひたすら探す。 この街は、あらゆる街の集合体です。実在の街も想像の街も。未来の街、過去の街、ユートピア、ディストピア。ステンレススチールの街並みは、たちまちのうちに崩れ落ち、廃墟に降るのは酸の雨。そそり立つピラミッドを建設し、降臨するUFOを称える人々は、槍を持つ野蛮人に串刺しになる。——空を飛ぶエスパーの目に映る。過去未来、現在が幻に過ぎぬこと、誰も教えてくれなった、この現実が旅人の休息に過ぎぬこと、——映るのは街、すべての街。緑の宇宙人の襲撃に、逃げ惑う人々の持つスプレー缶、吹き付けられた宇宙人は金星の美女に変わり、できたのは大ハーレム。闇近し。こっそりと、待ちきれぬ始めた、秘め事の、あえぎ声漏れる街中はたそがれ時。あやふやな、昼でも夜でも無い光に照らされた街を行く、スーパーヒーローは後ろにどくろの影を引き。倒された敵の爆発で出来たきのこ雲、その前を飛ぶ飛行船からはサーチライト。——照らされて浮かび上がる今夜のホストは君と僕。——さあもう少しこの町の紹介を続けましょう。 一瞬の中に永遠が詰め込まれ、一点の中に無限が詰め込まれたこの街。空を飛ぶ二六○○年スタイルのエアカーの下を行く、ベラドンナ狂いの魔法使い。空飛ぶ箒がひっかけた洗濯物につかまる猿人が落とした骨が沈んだ無意識の中、夢中船が闇の中で光り、更に奥深く旅を続けます。闇の中、落ちてゆく様々なもの達。全ての重力の失われたこの街で、漂うのは失われたイコン。深く、深く、沈む意識は、未完の夢たちとともに。超光速で、夢は、夢中船につかまって、数々の文明が遠くに行くときに忘れたもの、夢の岸に流れ着いた蛭子達、夢は沈み、現実が泡の中浮かぶ。消えた夢、大砲で飛ばされた月ロケット、地下の空洞の恐竜達。宇宙を支配する大コンピュータ。火星で王になる男の夢。消えた夢。ジャングルの中の失われた世界。太陽の反対側のもう一つの地球。電脳世界のジャンキーの夢。 君は、探している。帰るべき場所を、文明を乗せた潜睡艦にのって。変わってしまった地上の、上がるべき岸を求めて。ここか、そこかとうろついて、しかしたどり着く場所もまた夢の中の、——街。それは沈み行く夢たちの上に浮かぶ場所。千階建ての摩天楼では煌びやかな灯りが舞い、間の暗闇には虚無の舞う。正義と悪とが跋扈して、溶け合ってどちらでもないものに変わる場所。街、そこは瞬間であり永遠である場所、一点であり無限である場所。 月の街、その街角で、私のロボットは、探し人も見つからず、疲れ果てて、座り込んだ公園のベンチの上、思わず瞼が閉じてしまい、降る雪もかまわず寝てしまい、あっという間に夢の中。降り積もる雪の中、冷えた身体もかまわずに、落ち続けるのは夢の中。夢の中の夢の中。多分またその夢の中。何処までも落ちる、終わりなき夢の階層に落ちる、スピードは、光を超えて時を超え、空間を越えて次元を超え、現実を超えて虚構を超えて、たどり着く真っ白な、全てのものがあつまって互いに打ち消しあった白色の、何も無いその場所は、果たして声の集まる場所。
「始まるよ」
「始まるよ」
ざわめく周りに思わず目をあけた私のロボットは、思わず、「何が始まるんですか」と尋ねたら。「パーティだ」と。
*
そこにあるのは、真っ白の無。可能性だけが蠢く真空、白いゆえの真の闇。何物もあるがゆえ何物もない真の闇。この闇の中では、時々薄暗い力があちこちで煌いています。それは回り、集まり、もしかしたら、なにかが起きようとしています。それは可能性が転がり落ちて、それが現実に衝突しようとしているところかもしれません。しかし、光、いやまだ光とその他のエネルギーが分かれる前の原初の光。その中にはまだ何もありません。時さえも無い始まり前の闇、何かが始まりそうな予感はあるが、このままいではいつまでたっても何も起きないように思えます。待とうと思ったって、だいたい、まだ時間も存在しないのですから、どうやって待てば良いと言うのでしょう。時間の無い永遠の中にずっと我々は閉じ込められてしまうのか? すべての過剰が相殺された、その平板の中に閉じ込められた我々は、このまま無として生きてゆかなければならないのか。可能性の蠢動としてだけ存在していかなければならないのか? いや安心ください。その無は、今、無から出でて無ではない世界を作ろうと動き始めました。宇宙が始まりつつあります。何かが始まる予感に無が満ちてきます。ワクワクする可能性。その引き起こす不思議な胸騒ぎに、私のロボットは、その中で目を開きます。その瞬間、周りは光に包まれました。有があつまって無となった場所に原初の光があり、宇宙が始まったのです。歓声が上がり、ひな壇に整列したオーケストラの演奏が始まる。無限の夢の連鎖の中に降りたロボットは、いつの間にか周りに現れた群集に囲まれて、きょとんとしながら立ちすくみます。 すると、——パーティが始まります。宇宙の始まりを祝うパーティの始まりです。始まりの力の舞う空の下、光の中のパーティ。ついに始まったパーティを、待ち切れなかったかのように会場に殺到する参加達。狭い入り口から次から次へと参加者達がなだれ込み、用意されていた会場はあっという間にいっぱいになってゆきます。ロボットの横を、次から次へと、パーティの参加者達が通り抜けて行き、このままではテーブルも料理も直ぐにいっぱいになってしまうのではと、思えます。 しかし不思議なことにテーブルは決していっぱいにはならないようです。人が増えれば増えるだけテーブルの数も増え、どんどんと料理が運ばれてきて、ウェイターの数も増える。オーケストラのメンバーもどんどんと増え、音もどんどん大きく演奏されるようになりますが、音が届かないくらい会場が大きくなっていったらオーケストラが分散して会場のあちらこちらに現れ始める。 パーティはますます大きくなります。まさに幾何級的に。参加者が携帯で電話をかけているのは友達のようで、さそわれてやってきた友達がまた別の友達達に電話をかけて、さらにパーティは大きくなります。この瞬く間の出来事に、ロボットはびっくりして目を丸くしています。 でも、もしかして、祭り事の大好きな自分の主人は、この騒ぎにつれられてこの場に現れるのではと少し期待もしたのですが、あっという間に地平線を越えて広がって行った、このパーティの広さと人数では、やはり目的の人物を探し出すのは至難の業です。そうであれば私のロボットもこのパーティをひとまず楽しんで見たらどうかと思うのですが、「ああ、このままではとても落ち着かず、探す人が見つからぬまで、落ち着かず」と、とてもそんな様子でもなさそう。 周りでは楽しそうに杯を重ねる、男も女も、老いも若きも、人間もそれ以外も。明るい声の溢れるパーティ会場。宇宙中から集めた美味に美酒。ゆったりとした音楽の中、皆心から楽しんでいます。 そんな中、ただ一人、途方にくれて立っているロボットにウェイターがワイングラスを渡します。「あの、私はロボットですから」とワインは飲めないと断ろうとすると、 ウェイターがウィンク。 よく見るとワイングラスの中は上質のオイルでした。 その一杯を飲み干すと、ロボットも少し落ち着いてきました。探し人は有るとは言え、あせっても何か変わるわけでなし、それならばこの場は楽しむが良し。 いつの間にかロボットも、陽気な集団の仲間入り。 杯に杯を重ね、互いに高らかに叫びあいます。「あめでとう」「おめでとう」 何がおめでとうなのかロボットにはいまいちよく分りませんでしたが、それは周りの連中も同じよう。なんだか良く分からないままに騒いで気分が良くなればそれでよし。たまには浮世のうさを忘れ、こんなのも良いと美味に埋まり、美酒に溺れる。 乾杯、何百回目の乾杯でしょう、 そして音楽はスローに、するとダンスが始まります。 手を取られてロボットも踊ります。次から次へとパートナーがかわり、音楽も変わり。 ダンスの輪は瞬く間に広がって、いつの間にか会場中が踊りだす。いつの間にか見渡す限り一面のダンスの輪。 酔いもまわり良い気分のロボットも、さらに踊る、舞い回る。 乾杯。手渡された杯を片手にまた乾杯。 そして、また、良い気分で踊る今の相手は、ずいぶんと立派そうな風貌の男でした。 古めかしい格好、ローブのような、日本の着物のような、ゆったりとしたした服に身を包み、威厳に満ちた顔は王の様にも哲学者の様にもみえました。 周りと違う威圧感のある姿にロボットは少し酔いもさめてしまいそうなくらい。ステップを失敗しないように踊りも恐る恐る。 足元が気になり、よろりよろり、ひどく酔っているのか相手の足も突然によろめき、このままでは何時足を踏んでしまうかと心配でたまらないのですが、二人してよろけて思わず倒れてしまいそうなのを何とか抑えたその瞬間、 ——と、その時ちょうど音楽が止み、ダンスの時間は終了します。 ロボットはほっとしました。この相手にダンスをしくじって足でも踏んでしまったらどうなるのだろうと内心心配でしょうがなかったのです。 ダンスが終わり一礼するロボットに、男はにこやかにほほ笑んで、杯を高らかに上げると、一気に飲み干します。 人の良さそうな赤ら顔になった男を見て、ロボットは、思ったよりこの人は怖い人でもないのかなと思い直していると、 周りでは、「皇帝陛下だ」「……銀河帝国」とか言う言葉がささやかれています。 この立派そうな男の事でしょうか。 気がつくと、周りは、男よりさらに怖そうなボディガードらしき屈強な宇宙人たちに取り囲まれています。 やはり只者ではなさそうな男とこの場の雰囲気に飲まれて、ロボットはあっという間に酔いも醒め、動きも止まりますが、「おや君は飲まないのかね。このめでたき日に、この始まりで終わりの饗宴で何を遠慮しているのかね」とその男。「あ、いえ……」 といつの間にか横にいたウェイターからグラスが渡され、「それでは乾杯」と男。 ロボットも一気に杯をあおり、それを見て男もうれしそうな顔。「飲みたまえ、宇宙の子らよ。この輝く星の下、生まれた不幸を笑い、幸福に涙しろ。果てしなく続く歴史の旅人よ、この世は、暗黒と光の交じり合う、表が裏へと続くメビウスの、始まりが終わりを呑みつくすウロボロスの、因果の消え去る今宵こそ、杯をあげ、飲みつくせ」「……はい」 しかしもうすっかり酔いの醒めたロボットは浮かない顔。酔いが醒めるとまた思い出すのは探し人の事。よく考えたらこんなところで酔っ払って騒いでいる場合ではなかったのです。「なんだ、何を悩んでおる、おぬし、かまう事はないぞ、この宇宙に在るものならば、全ては私の臣下であり子らである、この帝国の王たるもの名にかけて、我は力になろうぞ。我は……」 男の話はそのままずっと続きそうだったのですが、ロボットはさえぎるように、「あの……すみません、少し用事がありまして」と。「用事? 今このパーティの最中に他の用事とは何事ぞ」 銀河皇帝の周りの怖い風貌の宇宙人たちに睨まれてロボットはビクッとしてしまいますが、「私は探しているのです」と勇気を振り絞って言います。 皇帝はなんだそんな事かと言うような表情をしながら、「探す? それは物か、人か」と。
*
——そういえば、と私は思います、私は物なのか人なのかと。 物語を語るこの私は何処にいて、何者なのだろうかと。いや何物? いやいやそもそも私などと言うのが、物であれ人であれ存在するものなのかと。確かに、今、物語をひねり出し、言葉を重ねてゆく何ものかはここに存在します。それは人間のように見えるでしょう。それは、その何ものかが手を動かしてこの物語がこの世に現れ進んでゆくのは、間違いないのですが、それは「私」と同じなのでしょうか。なかなか出てこない次の言葉に業を煮やし、手を止めて天井を見ている男は「私」なのでしょうか。そんな気もしますが、どうにもあやしいような気もします。その瞬間、何処からか現れた言葉は、私の表面を滑り落ちて、いつの間にか、ちゃっかりと物語の中に埋まります。 で、その言葉と言えば——
銀河大戦
果てしなく続く宇宙。悠久の時の流れの中で、輝く星々に満ち、幾多の生命を育んだそれは、時には、光無き闇の中、幾多の生命を、戦士達の叫びを、血を吸い尽くしたのでした。それは、銀河大戦と呼ばれたその戦いは、何時から始まり、いったい何時になったら終わるものか、それを知るものはもちろんの事、考えて見ることさえできるものはいないのです。分かるのは、今も戦いが続いていると言う事と、それはずっと続いてきたと言う事と……そして今終わる気配さえ無いと言うことでした。戦いは、もう一万年は続いていると言うものもいるし、いやいや一億年は続いていると言うものもいる。あるいは戦いはまだ数秒しか続いていないのだが戦いの衝撃で時間が歪み永遠のように感じられているだけだけだと言うものもいる。果たしてどちらが本当か、その言いあいのために、また一つの銀河大戦が起きているくらいであるが、その戦いもすでに悠久の戦い、いや一瞬と言う者も現れると……時間定義の戦いが起きてまた一つの銀河大戦が起きる。 ——永遠に永遠が重なり瞬間となる。 ——永遠に永遠が繰り込まれて永遠が膨張してゆきます。 ——何度も何度も永遠は繰り返し、 ——最後には、 ——空っぽ。 銀河の戦い。それは果たして本当に行なわれているものなのか。ここ、星々の果てで、静かな夜空を眺めていると、とてもそんな風には思えないのですが、彼は、自らの生涯の無為をその空の中に思い出します。彼は若いときには敵どころか味方にも恐れられる戦士として結構名の知れたものでした。幾多の敵の戦艦を単身乗り込んだ身一つで破壊して行く姿は今では伝説となっていました。「しかしすべては幻だ」 彼は小さな声でつぶやきます。失った片足の幻肢の痛みを感じながら、あれほどリアルに感じた戦いの数々が、今では薄れ行く記憶の中にしか存在しないことに寂しさと、そしてちょっとの安堵を感じます。「俺ももう終わりだな」 戦士としての自分の死と、残された生の絶対を感じながら空を見る、彼の目に映る、瞬く星がその光を消します。今日も銀河のどこか戦いは続き、人々が叫び、星が砕けます。今、空から消えた星はそんな戦場の中にあったものなのかも知れません。 星、流れ星を見て、彼は星々を流星に変える戦いの事を思い出します。無数の光線の飛び交う光年の戦線でした。宇宙船が、密集し、すれ違います。あちらこちらで起きる爆発に、巻き込まれてさらに爆発する宇宙船。割れる空間に吸い込まれて消える者達の叫び声も、敵を打ち倒した勝利の雄叫びも、虚無がすべて吸い取ってしまいます。鼓動と呼吸、自分自身のリアルだけが残る、激動の中の孤独。 光、光、衝撃。彼は興奮して叫んでいます、劣勢の共和国軍が起死回生で試みた電撃戦、敵の陣深く、次第にその数を減らしながらも、彼の軍団は食い込んでゆき、終には帝国皇帝の宇宙船を照準に捉えて、最後の加速。 ……しかし、気がつくと、宇宙を漂う瓦礫の中、彼は漂っています。彼の最後の戦いが終わった時、爆発する宇宙船から脱出した後の事は覚えていません。最後の攻撃の結果も、どうなったか。そのままかれは漂い続けます。動くもののない、先頭の残骸とともに、漆黒の闇の中、自らの無意識につながってゆくその大海の中、男は目をつむりその中に沈み、沈み、幾年がたち、 ——目を開けると一面の星空。 男は、今も戦いが何処かで続いているだろう空に向かって、優しくほほ笑みながらその生涯を閉じるのでした。