胃の中のクジラ 4 (1/2)
ラー君の食後、僕は一人で外に出て庭を散策していた。芝生に出ると、透明で大きなクジラが浮かんでいる。
「あら、絵都君」「ラー君!ずっとここに居たの?」「そうよ」
「……」「どうしたの?」
「僕ラー君のこと食べちゃった」「そう、」「…ごめん」
「人間は小さいから、しょうがないわよ」「え?」
「私の記憶が、少しでも見えたりした?」「うん。蘭滋さんの声がしたから、聞いたら『初めて会った時だ』って」
「ああ、私が生まれた時ね」「生まれた時?」「そう」
「蘭滋先生が、私を母から取り出してくれたの」「お母さんから…?」「ええ」「……どうして?」
「蘭滋先生は、私の母を食べたのよ」「え、」
「私は蘭滋先生の知識になるために生まれてきたの」
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『あれ、子供がいる。まだ生きてるかも』そう声がした後、尾が掴まれ、強い力で外に引っ張り出された。初めて感じる光の中、感じたことのない身体の重さの中でゆっくりと目を開けると、目の前には彼が居た。『子供か…』
『お母さんは?』『君は話せるんだね、力が強いんだ』私の世界の全ては、母親だった。
『お母さんは?』『お母さんは、残念だけど亡くなってしまったよ』『あなたが食べるの?』『そうだね』私の横には、母親だったものが横たわっている。身を開かれ、内側が露わになっていたが、生まれたての私には寧ろその方が母親らしい姿だった。
『あなたは、お母さんを食べても良い人?』『ああ、僕は世界の全てを知るために、お母さんのことを食べようと思っている。君のお母さんのことも、ひとつも無駄にせず食べてあげるよ』
『私のことは食べないの?』『ははは、君は賢いんだね。賢いから、食べないことにするよ』『どうして?』『たくさん海を見ておいで。そうして君が死んだら、僕がその記憶ごと君を食べるから。君には、僕の知識となる手伝いをしてほしい』『わかった』
『君は、何か欲しい?』『私も、死んだらここに来たい。ずっとここに居たい』私が、初めて母親に会えた場所。彼に会った場所。この人間が私の次の「世界」だと、ひと目見たときから分かっていた。『分かった』