胃の中のクジラ 5 (1/2)

次の昼

「入っても良い?」「どうぞ」

「絵都君、一人で来たということは、僕とラー君の話ですか?」「ううん、それはラー君が教えてくれた」「そうでしたか。では、他にも聞かれたくない話が?」「…聞かれたくないというか、華寿海が思っていることは何となく分かるから」

「ふふふ、華寿海は言葉が足りないでしょう。絵都君も大変ですよね」「ううん…」

「でも、華寿海は僕に知ってほしくないことが多いみたい」冴仁衣さんが言ってた、僕が半分神様になりかけているということ。蘭滋さんの不思議な能力のこと。そして、僕が生まれた頃の話。「そうでしょうね…」

「知ることが出来ないことは、知ろうとしなくてもよい」というのは、華寿海の物事への向き合い方をよく表している。なぜなら、華寿海は力が強い存在だから。そして華寿海は優しいから。「放っておく」ということがどれだけの存在を生かしておけるのか、それは華寿海が一番知っている。きっと、生存とは自由だ。でも、僕が華寿海から自由であるということに、意味はあるのだろうか。

「僕は、絵都君が今、何に悩んでいるか分かりますよ。どうしてかと聞かれたら、『何でも知ってるから』としか言えませんが」「そうなの?」「ええ」

「私の周りの人間は、…まぁラー君はクジラですし、華寿海は神ですが、彼らは私の『世界の全てを知りたい』という欲を、とても残酷なもののように扱いますよね。私はそれが面白いです」「うん…」「そしてそれはね、『知られる』ということが『知ろうとする』こと以上に難しいから、という理由によるもののように思えます」

「『知られる』って、どうして難しいのかな」「ははは、それを僕に聞くのですか?」

「『知らない』なんて言葉を、こんなつまらないところで使いたくはありませんが、残念ながら僕にはそういう感覚がありません。でも、そうでもないと全てを知ることは出来ないですからね、しょうがないです」

「だから、僕は知りませんよ」「…分かった」

「でも『知る』側のことは教えてあげられます。知りたいですか?」「うん」「分かりました」

「絵都君、知るということには覚悟が必要です」「覚悟?『知られる』方じゃなくて?」「はい」

「そして、その覚悟を麻痺させるのは、好奇心だけです」

蘭滋さんがその言葉を言い終わった直後、ノックの音がして華寿海が入ってくる。「なんだ、絵都もここに居たのか」「どうしましたか?」「昼飯の時間だから呼んでこいって、あの気味悪い時計が」「ケイ君ですね」「…時計の、『ケイ君』?」「ええ、そうです」

「何の話をしてたんだ?」「あ、」「華寿海は、絵都君のこととなると途端に野暮ですね。昨日言ったでしょう、『知りたかったら、こっそり僕のところに来い』って」「ああ、あのクジラのことか」

「はい。その昔、典姚が持ってきたクジラのお腹に居たのがラー君です。まだ赤ちゃんだったので食べることはせず、一旦海に返して世界中の海を見て来させ、ラー君が死んでしまった今、その記憶を食べているという話をしていました」「……言わなくて良い」

「ごめんね」「何でお前が謝るんだ」また、乱雑に頭を撫でられた。

「…良いの?」「良いって?」「僕が『教えたら華寿海に怒られそう』とか言ったから、気にしていたのでしょう」「ああ」

「俺は蘭滋のやり方が気に食わないだけで、お前がそれを知ることとは関係ないぞ。聞きたかったら聞け」「分かった」「気に食わないって、相変わらず冷たいですね」「…うるさい」

「さて、お昼にしましょう。絵都君の分のラー君は華寿海に出しますから、絵都君はそれ以外を食べてくださいね」「うん」

「…蘭滋さん、ありがとう」小声で蘭滋さんにお礼を言った。