第3話 会合と子狐 (1/2)
若松少年の運転するバイクのサイドカーで街を往くと、よく写真をとられる。 ド派手な和装で移動していると珍しくもない。 【新宿】のせんべい屋店主も<ruby><rb>辟易</rb><rp>(</rp><rt>へきえき</rt><rp>)</rp></ruby>としていたというし、これもまた伝奇世界であれば宿命のようなもの。変装したり顔を隠すなどもっての他。 顔を隠す悪などというものは、そこらのチンピラが力を得た者にすぎない。後ろ暗さなど無いのだから、この美貌は衆目に晒してこそ。
会合は関東の田舎。とある山寺である。
交通の便が悪いところを選ぶセンスは好きだ。 退魔師共も、いまのところ木っ端のような連中にしか会っていないが、今の小夜子に匹敵しうる者が<ruby><rb>い</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>な</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>い</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>は</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>ず</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>が</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>な</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>い</rb><rp>(</rp><rt>・</rt><rp>)</rp></ruby>。
若松の時に遭遇した花子さんや、小夜子が人の世に出てから調伏した恐るべき妖物共が野放しであったことにも納得がいく。あれらは一体でも放置されれば、人の世が終わる可能性のある強敵であった。
表に出ている者など木っ端であり、本物は陰に隠れて恐るべき妖物と戦っているはずだ。たまたま、それらが動く前に小夜子が出会ったというだけであろう。
定刻の少し前にたどり着いて、山寺への階段を登る。 若松少年は書類関連の入ったブリーフケースを片手に、小夜子は手ぶらであった。 二月の厳しい寒さの中、小夜子は首元に狐の毛皮を巻いていた。別に寒さなどなんともないが、ここはあえて毛皮でいく。 小学生のころに<ruby><rb>調伏</rb><rp>(</rp><rt>ちょうぷく</rt><rp>)</rp></ruby>した九尾の狐から剥いだ毛皮である。実に雰囲気があってよろしく、肌触りも良い。 さて、今日のお昼は何が供されるだろう。小夜子は美味いものが好きだ。いつでも滅ぼされる覚悟でいるが故に、享楽的であった。 美味いものを喰らい、何と出会えるか。楽しみである。
退魔<ruby><rb>十家</rb><rp>(</rp><rt>じっけ</rt><rp>)</rp></ruby>と呼ばれる、その道での名家がある。 現代までその命脈をつないだ名家は、それぞれに様々な術を継承しており、狭い業界で絶大な力を得ていた。そう、得ていたのだ。 退魔十家は妖魔退治から霊的国防までを支配していた。しかし、あの忌々しくも恐ろしい間宮小夜子が現れてしまった。
小学六年生の女児が、名だたる退魔師が敗北した九尾の狐を引き裂こうなどと、誰が想像しえたか。 女児と甘く見て養子にしようと近づいた<ruby><rb>蛾喪</rb><rp>(</rp><rt>がも</rt><rp>)</rp></ruby>家など、使いに出した退魔師が廃人になって帰ってくる始末。
手をこまねいている間に、東京地下秘密路線と下水道を支配し、<ruby><rb>稀人</rb><rp>(</rp><rt>まれびと</rt><rp>)</rp></ruby>とも呼ばれる<ruby><rb>食屍鬼</rb><rp>(</rp><rt>グール</rt><rp>)</rp></ruby>たちが間宮小夜子に恭順した。
かつて、将門公のお力をもってしても地下においやることしかできなかった食屍鬼共は、17歳の少女を地下冥界の女王として崇め奉っている。
退魔師のまとめ役としてこの会合では王として振舞っていた<ruby><rb>返矢</rb><rp>(</rp><rt>かえしや</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>左京</rb><rp>(</rp><rt>さきょう</rt><rp>)</rp></ruby>は、冷や汗をかきながら、針の<ruby><rb>筵</rb><rp>(</rp><rt>むしろ</rt><rp>)</rp></ruby>と化した上座で平気な顔をなんとか保持していた。 暗黙の了解である60分前集合を平然と無視する小夜子を待っている。 十家の代表者たちは、一言も発さない。しかし、本音では無礼な小娘など放って会合を始めると、そう返矢に宣言しろと沈黙で迫っている。 ここで待てば待つ時間分だけ、返矢一族の権威が削ぎ落とされていく。
がらりと、山寺の扉が開かれた。 スーツ姿か袈裟、正装で来るべき場に髑髏と彼岸花の和装で間宮小夜子がやって来た。 誰もが、口を開けて彼女の美貌に見惚れた。 何度見ても、小夜子に目を奪われる。まさに、理外の美形。魔の類いだけの持つ神秘。
「皆様、早いお着きで。10分前で最後とは思っておらなんだ」
小夜子の席は下座も下座の最後尾だというのに、座布団に収まっただけで上座と下座が逆転する。
「待ちくたびれたぞ」
感情を出さないように、平坦に返矢が言葉を絞り出した。
「ほほほ、刻限よりも早く来たつもりじゃ。許せよ」
なんという口のきき方か。しかし、刻限に遅刻ではない。ただ単に、皆は暗黙の了解を守っているにすぎない。遅刻と責めるなど、大人げないことができようもない。
「では、会合を始める」
会合というのはどんなものでもつまらないものだ。 財政状況やら、帝都守護に異常ナシとか、いつもの内容が延々と続いていくだけだ。いまのところ、不景気とはいえ大きな問題は発生していない。 問題があるとしたら、間宮小夜子が事後報告で行っていることだけだ。
「わらわから一つ報告がある。<ruby><rb>観語</rb><rp>(</rp><rt>みご</rt><rp>)</rp></ruby>一族はわらわの配下となったでな。仕事で顔を合わせても敵ではない。しばらくは暗殺の仕事もお休みじゃ」
誰もが言葉を失った。
観語一族といえば、退魔師とは住む世界が違っても、退魔術を用いて暗殺などを行う集団である。 仕事の折に鉢合わせて因縁があるという者も少なくない。 表立って敵対はせずとも、深い溝のある間柄であった。
「何をふざけたことを」
嘘だと言ってくれ。 返矢左京は今度こそ顔を引き攣らせた。
「お<ruby><rb>弦</rb><rp>(</rp><rt>げん</rt><rp>)</rp></ruby>婆から書状が届くであろうよ。ケンカはせぬよう言い含めてあるしな、思うところはあろうが、今後はわらわの配下として扱うておくれ」
「本年度、二月の会合はこれをもって終了とする。食事が用意してある。私は火急の所用があって参加できんが、皆は楽しんでくれ」
返矢左京、ここで撤退を図る。 精神的限界による逃亡であった。
どたばたと足音を立てて返矢は山寺を出ていく。 山門をくぐる時に、間宮小夜子の従者である少年が寺の下男とたき火をしていた。目が合うと、会釈される。 返矢は言葉にできない恥辱に震えながら、呻きを漏らして車に向かうのであった。
楽しみにしていた食事の時間だが、会合に参加していたほとんどの当主は足早に退室してしまった。 なんともつまらぬ連中。 小夜子は言葉には出さずそう思った。 山寺の別室で用意されたのは、山菜がふんだんに用いられた天婦羅と精進料理にきのこの汁物である。 この<ruby><rb>古刹</rb><rp>(</rp><rt>こさつ</rt><rp>)</rp></ruby>の主である尼が手ずから作ったという。
「<ruby><rb>聖蓮尼</rb><rp>(</rp><rt>せいれんに</rt><rp>)</rp></ruby>殿、本日もご相伴に与っております」
残ったのは、年齢不詳の美魔女である聖蓮尼と小夜子。そして、<ruby><rb>道反</rb><rp>(</rp><rt>ちがえし</rt><rp>)</rp></ruby>家の当主である<ruby><rb>道反竹一郎</rb><rp>(</rp><rt>ちがえしたけいちろう</rt><rp>)</rp></ruby>である。 道反家は鬼の血を引く一族だ。 身長2メートルを超える巨躯に袈裟を着こみ、醜い顔を隠すために虚無僧のやる<ruby><rb>深編笠</rb><rp>(</rp><rt>ふかあみがさ</rt><rp>)</rp></ruby>を外さぬ男であった。
「間宮殿、本日のご報告には驚かされました」
道反竹一郎の相貌は深編笠に隠されているが、食事の時には外す。深編笠を外すと、なかなかのものだ。
「道反殿のお顔を見るのは初めてじゃな。想像よりもいい男ではないか」
道反竹一郎の顔は、厳めしい鬼の顔そのものであった。人間味の無い、どこか獣の風貌がある獰猛なそれである。額にある肉の突起が角の名残であろう。
「厭味ですか?」
「まさか、わらわはそういうものは好まぬ。醜いというのはの、組合長殿のような一見整った面相が崩れる時のことをいうのよ。ほほほ、すまし顔の崩れるところを見たであろ」
「間宮殿もお人が悪い。ですが、確かに面白いものではありましたな」
小夜子はタラの芽の天ぷらを口に入れる。抹茶塩をつけると苦味が引き立つ。山菜というのは、このように食べやすくない味が良い。山のものを食うているというのがよいのだ。
「ほほほ、その様子ではすでに知っておられましたか」
「道反家は鬼の血族。観語一族とも付き合いはあるのですよ」
「蛇の道は蛇じゃな」
汁物が美味い。きのこを入れただけの吸い物がどうしてこんなに美味いのか。 天婦羅にはよく知らない魚もあった。山女だろうか。精進料理の膳も追加で供されて、きつい油味で作られた肉の偽物を食う。これはこれ、半年に一度くらいは味わいたい。
「間宮殿。ときに、婚姻の相手は決まっておいでか?」
ご飯は、山菜を炊き込んだ薄茶色い炊き込みご飯であった。大き目に切ったニンジンと、油揚げが入っているのが良い。
「まさか。令和の世であれば、女子の結婚は遅いのが普通であろう」
「お相手はいらっしゃらない、と。では、当家の息子などいかがです。私には一つも似ず、なかなかの男前ですし、お歳も同い年」
「ふうむ。わらわには敵がおっての、それに勝てるとは思うておらぬ。よくて相打ちというところじゃ。滅び去るものとの婚姻など、道反殿にもよろしくない。それに、もし結ぶとしたら婿に入ってもらわねばならぬ」
道反家に対して、それこそ喧嘩を売るような言葉であった。 小夜子は言い終えると、もそもそと炊き込みご飯を口に入れる。そして、よく味わって咀嚼し、飲み込む。