第8話 小夜子と六つの式神 (1/2)

ギャル谷と碧が起き出したころには、小夜子は起床して居間のテレビで国営放送を見ているところだ。 今日も髑髏と彼岸花の柄の入った和装である。

「おはよう。朝早いんだね。その着物って何着あるの?」

「毎日替えておるぞ」

ああ、たくさんあるんだ。と、ギャル谷は理解した。 とんでもないお金持ちで、ご両親は住んでいる気配すらない。広い屋敷に小夜子と若松の二人で住んでいる。 妖怪退治的なことをしているのだから、普通でないのは分かる。

「さあ、そろそろ食事の時間じゃ。朝はよく食べねばならんぞ」

いつもなんか食ってる。 小夜子の細い身体にどれだけ入るのか、ギャル谷は不思議に思った。 若松が料理を載せたお盆を持って部屋に入ってくると、ギャル谷と碧から先に配膳していく。 手伝おうと碧が声をかけるが、若松は「お客様にさせられやせん」と断って配膳を続けた。 全員分が揃った後、小夜子による「いただきます」で食事が始まる。

今日の朝食は、しじみの味噌汁、出汁巻き卵、カマスの開きであった。添えられた大根の昆布締めが嬉しい。

「あのさあ、若松くん。ごはんに醤油かけたら怒る?」

ギャル谷が遠慮がちに問う。 こんなこと人の家でしていいのかな、というものと、全部一人で作っている若松にも悪いという気持ちがある。

「鰹節もありますんで、お試しください」

パックの花かつおまで渡してくれた。高級品かと思いきや、ヤマキから販売されている小分け花かつお【徳一番かつおパック】である。

ギャル谷はパックを開いて、花かつおをご飯の上に半分ほどふりかける。そして、【ヤマサ特選醬油】を回しかけた。

なぜか、小夜子と碧、若松までもが箸を止めてその様子を注視している。 目の前のご飯に集中しているギャル谷は、凝視されていることに気づかず、この猫まんまを口に入れた。

「んまぃ」

ご飯が熱くて、変な発音になった。 めちゃくちゃ美味い。 玄米3、白米7の刑務所採用配合のご飯。醤油をかけただけなのに美味い。なんでこんなに美味いのか、理解できないくらい美味い。 ヤマサ特選醤油は庶民も買える普通のお醤油だし、ヤマキの花かつおもスーパーで普通に買えるかつおぶしだ。 米に秘密があるのか、それとも炊き方か。

「若松くん、美味し、これ美味しい」

「それはようございました」

これだけイイ顔で美味しいと言われたら、流石の若松も口元に笑みが浮く。 美味しいと言われて嬉しくない料理人など、いない訳ではないがごく稀だ。この点においては、若松も大多数に含まれた。

「……若松や、わらわにも一つ花かつおじゃ」

「あっ、真似した」

「たまには庶民的なものも悪うない」

碧は「好みは様々だな」と思った後、普通に食事を再開する。魂が無い。

小夜子につられて食べ過ぎたギャル谷が体重を気にした時には、そろそろよい時間だ。 食事を終えて学校へ行くことになる。

「原付と自転車は表に置いてある。遅刻せんように行くといい」

「番長はサボり?」

「学業はサボりじゃ。碧との取引を先に片付けねばならん。近場の吸血鬼を捕らえた後に、ちらばっておる残りの妖魔を捕まえに行く」

「え、それって戦うってことなんだろうけど、大丈夫なの?」

ギャル谷の言葉には、小夜子の身を案じる不安が含まれている。

「ギャル谷は面白いの。わらわがあの程度の式に<ruby><rb>後</rb><rp>(</rp><rt>おく</rt><rp>)</rp></ruby>れをとるものかや。大阪へ赴く。さっさと片付けて観光して帰るつもりじゃ」

「観光、いいなあ。おみやげお願いね」

「任せよ」

碧がちらりと隣の部屋を見やった後に口を開く。

「魅宝はどうする? 連れて帰ってもいいが」

「お守りはつけておる。ほれ、悪さをするでないぞ」

布団で眠りこける魅宝の隣には、小夜子が愛用する毛皮の<ruby><rb>襟巻</rb><rp>(</rp><rt>えりまき</rt><rp>)</rp></ruby>があった。狐毛皮の襟巻はひとりでに立ち上がって、大型犬ほどの大きさの白狐へと姿を変えた。

白狐は忌々し気に小夜子を<ruby><rb>一瞥</rb><rp>(</rp><rt>いちべつ</rt><rp>)</rp></ruby>してから、魅宝の枕元で丸くなる。

「あれは?」

碧の問いに感情は無い。ただ聞いただけだ。

「以前に調伏した九尾の狐じゃ。残り滓とはいえ、そこらの妖物には手も出せまいて」

外法陰陽師の記憶と照らし合わせても、あれだけの化け物など見たこともない。あれで残り滓。これは逆らわなくて正解だと、改めて碧は思った。 そうして、皆は別れることとなった。 屋敷から送り出されて、ギャル谷は碧を見やる。

「魅宝ちゃんだっけ、心配だね」

「いや、どこにいるより安全じゃないか」

間宮屋敷を一度振り返った碧には、強烈な認識できない力を感じ取れた。 こんな場所に突撃をするほどの馬鹿が、果たしてこの世にいるものか。いるとしたら、それこそ小夜子と同格の怪物。彼女の言う【敵】だけだろう。

「みどりん、知ってたら教えて欲しいんだけど」

「え、みどりん? 俺のことか」

「うん。いいっしょ、これからみどりんで。番長って、なんでスゲー術みたいなの使う時、隠さないの? もしかしてわたしが知らないだけで、使える人ってたくさんいるの?」

「ああ、そういうことか。俺もそこまで詳しくないけど、多分、隠す気がないのって間宮さんだけだと思う」

「やっぱ、そうだよねェ」

小夜子が消えた瞬間を見た同級生は他にもいた。確かに見ているのに、それがおかしいことと言ったのはギャル谷だけ。皆、何か自分を納得させる理由を見つけて、なかったことにしている。

「魅宝ちゃん、一人で寂しくないかな」

「大丈夫。多分、終わるまで目を覚まさない」

碧の言葉は果たしてギャル谷に向けたものであったのだろうか。彼自身にも分からぬことであった。

学校と警察には若松が連絡を入れた。 学校には、裏稼業で数日休むこと。 警察には、街で妖怪を追うから、騒ぎになった時の隠蔽。 どちらにもたっぷり金を落としているし、何より力を見せつけている。回答はイエスしか許されない。

最初の標的は、ポンコツ吸血鬼のベス。正式名称エリザベートだ。

吸血鬼のベスはバイト先のコンビニで、バックヤードに追い詰められている。

「なんでなんでなんで、あんなヤツ知らない。知らないのにっ、どうして」