第12話 小夜子と皆と打ち上げと (1/2)

結局のところ、全ては収まるべきところに収まったということか。 小夜子は深く考えることをやめた。 それを考えたところで答えなどなく、こだわったところで徒労に終わる。安倍晴明ですら千年をかけて壮大な徒労を行ったにすぎない。

小夜子と碧が間宮屋敷に戻った時、<ruby><rb>現世</rb><rp>(</rp><rt>うつしよ</rt><rp>)</rp></ruby>では桃太郎との決着から数分しか経過していなかった。 夕暮れから闇へと移り変わる<ruby><rb>逢魔</rb><rp>(</rp><rt>おうま</rt><rp>)</rp></ruby>が<ruby><rb>時</rb><rp>(</rp><rt>とき</rt><rp>)</rp></ruby>、間宮屋敷の庭園である。 異界というのは恐ろしいもので、予期せず十年が経過していたということもあり<ruby><rb>得</rb><rp>(</rp><rt>う</rt><rp>)</rp></ruby>る。進みが速いか遅いか、どちらに偏っても良いことなど無い。

「お帰りなさいませ」

若松の出迎えは、小夜子の勝利を微塵も疑わない平時と変わらぬものである。

「うむ、今戻った。ギャル谷めはどうしておる」

「魂魄が抜けておりましたせいでしょう。まだぼんやりされていますが、一時間もあればもとに戻られましょう」

「左様か。碧や、食事はとってゆくか?」

碧は気安いことを言う小夜子に苦笑いを浮かべた。

「頂くよ。魅宝が目覚めたら、何か温かいものを食べさせてやりたい」

小夜子は目を使って碧を見た。疑似魂魄は上手く機能しているようだ。魂無き者に良識を与えている。

「若松や、今からの準備は大変であろう。何か簡単なものでよいぞ」

「へい、そうと思っておりましたので、生地などは寝かせておりやす」

仕込みは昨夜と早朝。若松は大変な働き者で、何かあろう時の準備も欠かしていない。

皆で屋敷に戻った。 碧は目を覚ました魅宝に何事があったか説明していて、魅宝もまた<ruby><rb>顛末</rb><rp>(</rp><rt>てんまつ</rt><rp>)</rp></ruby>に驚いていた。そして、葛の葉の<ruby><rb>遺髪</rb><rp>(</rp><rt>いはつ</rt><rp>)</rp></ruby>より造られた子狐の式神は、【あちら側】からやって来た、ある意味では母とも言える存在のことを覚えていた。 確かな記憶ではないものの、それは温もりのある【死】であったのだろう。 小夜子の襟巻狐は、つまらなそうに目だけを作ってそれを見ていた。襟巻が魅宝を見守ったのが、邪悪な<ruby><rb>目論見</rb><rp>(</rp><rt>もくろみ</rt><rp>)</rp></ruby>であるのか、それとも同族への親愛であったかは<ruby><rb>杳</rb><rp>(</rp><rt>よう</rt><rp>)</rp></ruby>として知れない。

ギャル谷が正気に戻ったのは、美味しそうな匂いにつられてのことだ。 間宮屋敷、数日前にお鍋を食べた居間の座椅子で目覚めた。

油の爆ぜる音と共に、中華料理屋の前を通った時にある、唐揚げの芳醇な香り。街の中華料理屋はいささか油臭さが強すぎるが、ここ間宮屋敷の油は品質が高いので嫌なものではない。

「ああっ、カラアゲの匂いがするッ」

隣で魅宝と共にテレビを見ていた碧が、突然の大声にビクっとした。

「ああ、起きたのか。安心したよ」

「あっ、みどりん。よかった、無事だったんだ」

居間のテーブルの定位置で茶を飲んでいた小夜子が、そこで口を開いた。

「正気に戻ったか。ギャル谷や、全て済んだが、覚えておるか?」

「えっ、あーっと、なんか妖怪が出てきて、それからトンネルみたいなとこで爺さんと喋ってたっけ。よく覚えてないけど、さ×まさんのこと話してた気がする」

小夜子は怪訝な顔をした。 さん〇さんというのが、テレビでお馴染みの大御所芸人を示すのは分かる。しかし、あの安倍晴明と何を話しておったのか。見当がつこうはずもない。

「魂魄の記憶じゃからな、曖昧のほうがよかろう。何かで思い出したとして、全て済んだこと。……ギャル谷には助けられた。今日は食べていくといい」

「あーし、なんかやっちゃった?」

苦虫を噛み潰したような顔になる小夜子。

「助けられたと言ったのじゃ。お前がおらねば、後味の悪いことになったであろうよ。覚えておらんなら、それはそれでよい」

<ruby><rb>黄泉平坂</rb><rp>(</rp><rt>よもつひらさか</rt><rp>)</rp></ruby>の記憶など、忘れたままが良い。

「口出しすんなーみたいなこと言ってたのに。たまには誰かに頼んなきゃダメだって」

「むむむ、わらわも今回は反論できんな」

小夜子は言葉とは裏腹に平然とした様子でそう答える。

「えー、そうじゃないっしょ」

「何がじゃ」

「あーしが大活躍? ってことでいいんでしょ。だったらさ、まだ済ましてないのがあるよねェ」

ニヤニヤしながらギャル谷が言ってくる。 なんだか納得がいかないものの、スジは通っている。いや、しかし、この場合の理は微妙な気もする。

小夜子はたっぷり二十秒は悩んでから、意を決した。

「ギャル谷よ、今回は助けられたと言えんでもない。ありがとう」

「えひひひ、サヨちゃんからありがとう頂きましたッ」

品の無い笑い方をする。それを聞いた小夜子は口をへの字に曲げて、何か言いたい気がするのを押し止めた。

この世に偶然など無い。きっと、ギャル谷は小夜子のためにいた必然だ。

「なんという品の無い笑い方じゃ。まあよい。丸く収まったしの。今日のお夕飯はその意味でもおあつらえ向きよ」

ツナギ姿の若松が居間に大皿を持って現れた。

「おや、皆さまも良い加減のようですな。前菜という訳ではありませんが、冷めない内にどうぞ。骨があるんでお気をつけください」

大皿に山盛りの唐揚げであった。一つ一つも大き目だ。 濃い色でパリッとしてそうな衣の唐揚げが山と積まれ、唐揚げの下には千切りキャベツとプチトマトなどが添えられている。

「おおー、美味そうッ。若松くんが作ったの!?」

ギャル谷がはしゃぐ。

「へい、衣はカレー粉やらを混ぜております。漬け込みもしみて、食べごろですよ。ささ、どうぞどうぞ」

それぞれに取り皿と箸を配膳して、若松は次の料理があると言って退室した。 ギャル谷がさっそく箸を持って一つ取ろうとした瞬間のことだ。

「これっ、すぐに取るでない」

「えっ、なに、なんなの!?」

「今のは刈谷さんが悪いな。魅宝も覚えておくといい」

「はい、ご主人様」

「え、なんで。どういうこと?」

「まずは、いただきます。これからじゃ」  小夜子は言った次の瞬間に箸を伸ばして、山盛りてっぺんの唐揚げを取り皿に移した。 碧と魅宝はそれぞれ「いただきます」と言って箸を取る。

「あ、はははは、そうだよね。いただきます。うん、なんか、ちゃんと言ったの久しぶり」

ギャル谷は言ってから唐揚げを取って、ぱくりと一口目。

衣に香るカレー風味のしょうゆ味。想像していた唐揚げと少し違っていて、びっくりするくらい肉が美味しい。イメージしていた鳥もも肉より味わいが深い。赤すぎる。 ギャル谷が、にわとりってこんな美味いの、と言葉を出せずに頭の中で叫ぶほどであった。