第22話 小夜子は遅刻して聖蓮尼組は全員集合 (1/2)

びっくりするくらい気まずい時間が経過している。 深刻すぎる親子の時間を横で眺めるという針の<ruby><rb>筵</rb><rp>(</rp><rt>むしろ</rt><rp>)</rp></ruby>。 聖蓮尼と竹一郎は大人代表として、遠くで眺めている訳にもいかず、半壊した食堂で茶を飲んでいる。

父親が<ruby><rb>天魔雄</rb><rp>(</rp><rt>あまのさく</rt><rp>)</rp></ruby>という九天の王で、その母親から守るために自ら去って、それが間違いだと気づいて秘密兵器を持って娘を救いに来た。

天魔雄の視点ではそれなりにドラマチックな話だが、朱音からすれば今まで距離感が変に遠かった父親が、ある日突然に家族を捨てて出ていったら、助けに来たと言って一番大変な時に現れた、というものだ。

タイミングが悪い。

いやな言い方だが、もっと大ピンチの時なら嬉しさが勝っていたはずだ。しかし、この決戦前というところで急に来られて、今さら娘に距離を置いていた理由を説明されても、朱音に納得できるはずがない。

聖蓮尼は「退魔師の家でもあることです」なんて言ってみようかと思ったが、それがなんの慰めにもならないことを知っていたため、言うのをやめた。

「竹一郎よ、子供がいたらこういう時にどんなことを言うのですか?」

おはぎはまだ残っていたが、こんな重い空気の中でむしゃむしゃ食べていいものか。竹一郎も同じ考えからか、せっかく作ったおはぎの皿にラップを張っていた。

「私に聞かれましても。そうだ、今日は英気を養うということで、鍋でも作りましょうか」

「綾子がやらんから、お前が料理を作っているのですね。……電話してきましょうか」

「綾子のことを言い訳に逃げるのは卑怯ですよ」

竹一郎は退魔十家の中でも、かなりまともな人物だ。むしろ、妻の性格に難があるということ以外では、非常によく出来た立派な父親だ。 誠士の屈折した性格は、一族の中での派閥争いから端を発している。そこさえ除けば親子関係は良好と言っていい。 聖蓮尼は独身であるし、相当の偏屈者であることもあって、こういう話になると途端にイイ言葉が出なくなる。

「間宮さんでも、鳴髪でもよいから、速く来て欲しいですね」

二人とも、あの空気の読まなさという意味では、こういう時は頼りになるに違いない。できたら全てめちゃくちゃにしてほしい。

「……もしや、鳴髪小夜子が来るのですか?」

間宮小夜子については聞いていたが、アレが来るとは聞いていない竹一郎である。文句の一つも言いたくなっていた。

「言い忘れていましたよ。アレも呼んだ。戦力としては必要であるし」

「それはそうなのですが、我々は恨まれていませんか?」

他家のこととして、不遇な扱いを受けていたことを竹一郎も知っていて、何もしてやれていない。 鳴髪家が他家への嫁入りを極端に嫌うこともあって、たまに挨拶をするといったことしかしていない間柄だ。

「鳴髪小夜子は、そんなもの気にしてませんよ。むしろ、アレを見たら一族の誰かに嫁がせたいと考えるでしょう」

悪鬼羅刹そのものの鳴髪小夜子。あれを<ruby><rb>御</rb><rp>(</rp><rt>ぎょ</rt><rp>)</rp></ruby>そうという考え自体が間違っている。それは間宮小夜子にしても同じだ。

「そうですか……」

「それで思い出しましたが、あの無謀なお見合いは撤回しなさい。間宮さんは、<ruby><rb>道反</rb><rp>(</rp><rt>ちがえし</rt><rp>)</rp></ruby>家では無理ですよ」

どこの家にも無理だろう。 触らぬ神に祟りなし、としておくのがよい。

「そうですな。誠士には、もう相手がいるようですし」

「それは気が早いような気もしますが、若者には自分の道を決めさせてやりなさい。あなたの時とは時代が違います」

「聖蓮尼、それを持ち出すのはよして下さい」

「綾子がああなったのは、竹一郎も悪いのですよ。アレの王子様になってしまったんですから」

「そういうつもりはなかったんですよ、本当に」

大雑把に言うと、八歳年下の綾子の命を救ったのが、当時は非常に尖っていた竹一郎である。 当時、この面相にコンプレックスがあった竹一郎は、こんな自分にも懐く妹的な存在ができたのが嬉しくて構ってやっただけ、という心持だった。しかし、それがまさかああなるとは、予想だにしていなかった。

時は90年代の終わり。後に妻となる綾子は、妹ポジション年の差ヤンデレという時代を先取りする欲張りセットであった。

「放っておいた私にも責任があります。本当に、誠士がまともに育ってくれてよかった」

聖蓮尼は親戚のおばさん的な立ち位置だったこともあり、誠士の成長を喜んでいる。まさか、桃太郎を襲名するとは思ってもいなかったが。

「ん、聖蓮尼、鬼ヶ島が」

「おお、遂に修行が終わりましたか」

その気配に、天魔雄も朱音も気づいた。 ミニ鬼ヶ島より、返り血に塗れた桃太郎卿と誠士が帰還したのである。景色が歪み、強い瘴気と共に二人は姿を表した。

「戻ったぞ。ほう、なかなか珍しい客人でおじゃるな」

桃太郎は戻った瞬間に、天魔雄を見つけた。彼の宿命からすれば、鬼を見つけてこうなるのは必然と言えた。

「天野さんっ、そいつは鬼だ」

「あのっ、ちがうのっ、このひと、わたしのお父さん」

「……桃太郎卿に、今代の桃太郎か。今の俺は、味方だ。信じられんなら斬っていい」

天魔雄が言った瞬間、朱音がきっと父親を睨みつけた後に平手打ちを見舞った。

「そういうの、お母さんに謝った後にしてっ」

流石の桃太郎も、他の面々も驚いた。 この世に、天魔雄を打ち据える娘がいるなどと、思いもよらなかったのだ。

「はははははは、天魔雄よ、よい娘でおじゃる。お前がそこまで弱くなったのも、娘のためか?」