第44話 小夜子と鳴髪くるみと伊邪那美様 (1/2)
一回戦の試合は全て終了した。 退魔十家の関係者が6人に、小夜子とレンジを加えた総勢8名による勝ち上がり戦となるため、勝負は三回戦が決勝である。
二回戦進出は、間宮小夜子、花ケ崎レンジ、<ruby><rb>道反</rb><rp>(</rp><rt>ちがえし</rt><rp>)</rp></ruby>誠士、鳴髪くるみの四人。
第一試合は小夜子と鳴髪くるみの試合となった。
魔王からの浸食が止まった小夜子は、万全で望める。相手があの鳴髪小夜子の妹ともなれば、気合が入るというものだ。
短い休憩時間の後に、聖蓮尼がマイクのスイッチを入れる。
『盛り上がってきましたね。では、二回戦の第一試合、間宮小夜子さんと鳴髪くるみさん、前に出て下さい』
小夜子が校庭に出ると、すでに相手は待っていた。 鳴髪小夜子が生まれついての長身であるのに対して、妹であるくるみは小柄であった。
「間宮小夜子じゃ。よろしく頼むぞ」
くるみは小夜子の言葉を無視した。 金色の髪は生まれついてのものだろう。そして、同じ色の瞳もだ。雷神の血が色濃く出たものか、すでに全身に<ruby><rb>雷</rb><rp>(</rp><rt>いかずち</rt><rp>)</rp></ruby>を纏っている。
「姉上殿とはかなり違うようじゃの」
「あいつと知り合い?」
険のある<ruby><rb>声音</rb><rp>(</rp><rt>こわね</rt><rp>)</rp></ruby>でくるみが返事をする。いきなりケンカ腰だ。
「縁があっての、つい先日に知り合ったばかりじゃ。あれほどの悪鬼羅刹が現世におるとは、驚いたものよ」
恐るべき魔人、鳴髪小夜子。同じ名の彼女は、魔王と並ぶ脅威である。
「へえ、じゃあさ、あたしが雷神だってこと教えてあげる」
金色の瞳には憎悪が充ちている。姉が悪鬼羅刹なら、妹は<ruby><rb>夜叉</rb><rp>(</rp><rt>やしゃ</rt><rp>)</rp></ruby>か。 小夜子は笑う。なかなか面白いと思ったからだ。
『<ruby><rb>死合</rb><rp>(</rp><rt>しあい</rt><rp>)</rp></ruby>、はじめ』
聖蓮尼が告げると同時に、雷光が走った。
「死いぃぃねぇぇぇ」
先手必勝とばかりに繰り出されたのは、くるみの放つ雷撃だ。両手を起点として放つ、技も何も無い遺伝形質に依存した退魔術である。 普通の退魔師であれば、この一撃で衰弱死してもおかしくないという使い方だ。しかし、鳴髪くるみという、雷神の血が色濃く出た少女に限っては、最も有効な力の使い方となる。
「わらわでなくば、死んでおるぞ」
小夜子は雷撃を左手で受けている。手の平はすでに炭化していた。
「死んじゃえよッ」
「その意気は良いが、んんん、お前、わらわを見ておらんな」
雷を左手で受けながら、小夜子は歩を進めた。 夜叉の顔で雷撃を放ち続けるくるみは、小夜子が近づいてきているのも分かっていない。瞳の金色が強く輝いている。
そうして、小夜子はくるみの眼前に立った。
「なんで、なんで死なないの」
「なんでって言われても、わらわ、この程度では死なんとしか言いようがないんじゃが。とりあえず、少し頭を冷やして相手をしっかり見よ」
小夜子はそう言って、くるみの額を炭化した指先で押した。 尻もちをついたくるみは、小夜子を見上げる。
「あ、あああ、や、ヤダ」
ガタガタ震え出したくるみ。 情緒不安定にしても、これは相当よろしくない。小夜子はじっと、くるみを見て理解する。左足に雷神の気配がある。
「どうにも懐かしい気配がするかと思ったら、<ruby><rb>鳴雷</rb><rp>(</rp><rt>なるかみ</rt><rp>)</rp></ruby>様であったか」
「やだああ、死にたくない」
鳴雷とは、黄泉の国で<ruby><rb>伊邪那美</rb><rp>(</rp><rt>いざなみ</rt><rp>)</rp></ruby>大神に絡みつく蛇の形をした雷神である。 ゾンビ状態の伊邪那美様と共にある、死の神の一つ。 小夜子の瞳には、本来であれば伊邪那美大神の左足に絡みついているはずの鳴雷様が、くるみの左足にいるのが見えている。
「ふうむ、これでは頭もおかしくなろうな。よし、ここは色々と聞きたいこともあったし、<ruby><rb>黄泉平坂</rb><rp>(</rp><rt>よもつひらさか</rt><rp>)</rp></ruby>にでも行ってみるとしようかの」
小夜子は炭化していた左手を再生させて、くるみの頭をつかんだ。
「新技じゃ。共に行こうぞ」
地下東京のエリンギ様から与えられた菌糸ネットワークによる魔技が炸裂する。 左手から伸ばした菌糸により、くるみの体内に侵入する。そして、体内を掌握した後に仮死状態へ至らせる。 疑似的な死によって、黄泉の国へと向かおうとする魂魄に己が魂魄をつかまらせて、黄泉平坂へ向かうのだ。
この瞬間、小夜子とくるみは死んだ。
いつしか、くるみは歩いていた。 暗い<ruby><rb>昏</rb><rp>(</rp><rt>くら</rt><rp>)</rp></ruby>い坂道を下っている。 薄ぼんやりとした気持ちで、行かねばならないところへと歩いていく。 長い長い坂道、途中で座り込みそうになると、手を引いてくれる人が抱き起してくれた。 ぼんやりと、幼いころはこうして誰かと手をつないで歩いたと思い出す。
どれだけ歩いただろうか。
数分なのか数年なのか、長い時間のようでもあるし、ほんの短い時間のようでもある。それすらも判然としない。
坂道を下りきって、暗い場所にいる。 ああ、ここはとても落ち着く。 ここで静かに佇んでいられるのだとしたら、とても安らぐ。泥のように眠りたい。
「これ、寝ては本当に死んでしまうぞ」
手を引いている誰かが、そんなことを言う。 その手から伝わる温もりで、眠気が薄れる。
「鳴雷様、そろそろ足に絡みつくのをやめて、伊邪那美様のところに案内してたもれ」
生まれた時から左足に取りついていた蛇は、くるみの足から外れてにょろにょろと地面を這う。 蛇に先導されて、歩いていく。
「伊邪那美様よ、わらわが参ったぞ。今のわらわであれば、そのお言葉も聞き取れまする。<ruby><rb>拝謁</rb><rp>(</rp><rt>はいえつ</rt><rp>)</rp></ruby>願いたい」
手を握っている誰かがそう言うと、奇妙な女たちが現れた。怪物のような顔の醜い女官たち。 ああ、バケモノだなあと思っていると、女たちは二人を担ぎ上げて、ライブハウスでミュージシャンがやるダイブのようにして運んでいく。
「<ruby><rb>黄泉醜女</rb><rp>(</rp><rt>よもつしこめ</rt><rp>)</rp></ruby>たちが来てくれたらもう少しじゃ。手をしっかり握っておれよ」
怪物の女たちに運ばれるのは、なんだか面白かった。人の手で持ち上げられて運ばれていくというのは、とても楽しい。
「ふふ、あははは」
「そうやって笑っておるほうがよいぞ。良い子じゃ」
幼い時は悩みもなくて、毎日が輝いていた。 誰かと手をつないで歩いていた気がする。それが当たり前で、罪もなかった。明日が楽しみだったのに。
ふと、気が付くと神社のような建物の前にいる。 奇妙な女たちは姿を消していて、手を引かれて歩く内に、拝殿のような場所に辿りついた。
「伊邪那美様、どうしてわらわを現世に戻し、八雷神の一つ鳴雷様まで向かわせておられるるのか? 現世をどうなされたい。わらわが【悪】だというのなら、好きにさせてもらうぞ」
ああ、恐ろしいものが来る。 くるみは逃げたいのに、握られた手は固くつながれていて、振り払えない。
「暴れてはいかん。ここで手を離せば、本当に死んでしまうぞ」
暗闇の奥の奥から、恐ろしいモノが来た。 くるみはぎゅっと目を瞑る。 見てはいけない。見たら、目が潰れる。
「そのような御姿でお出でになられるとは。伊邪那美様、どうしても話をして頂けぬというのか」