第45話 小夜子たちの二回戦 (1/2)

鳴髪くるみは晴ればれとした気持ちで雷撃を放つ。 <ruby><rb>鳴髪</rb><rp>(</rp><rt>なるかみ</rt><rp>)</rp></ruby>家の守護神でもあった冥界の八雷神はもういない。しかし、伊邪那美様が降りるという奇跡によって、くるみの肉体には<ruby><rb>聖痕</rb><rp>(</rp><rt>せいこん</rt><rp>)</rp></ruby>が刻まれている。

「分かってきた、<ruby><rb>雷</rb><rp>(</rp><rt>かみなり</rt><rp>)</rp></ruby>は<ruby><rb>神鳴</rb><rp>(</rp><rt>かみなり</rt><rp>)</rp></ruby>りで神なり!」

頭、胸、腹、両手、両足。そして、<ruby><rb>女陰</rb><rp>(</rp><rt>ほと</rt><rp>)</rp></ruby>。 伊邪那美様と共に降りてくるみに絡みついた八匹の蛇こそが、冥界の八雷神である。蛇神の絡みついた聖痕が、くるみを超人に引き上げていた。

「んんん、お前、それを使うたらいかんぞ」

小夜子は眉間に皺を寄せている。

「これでもう、誰にも負けないんだから。まずは、あなたから」

「なんというか、気持ちは分かるんじゃが、その、なぁ」

くるみは小柄な小夜子よりも背が低い。 気性の荒い小動物のような威嚇さえなければ、生まれついての金髪も相まって非常に可愛らしい見た目だ。

「<ruby><rb>怖気</rb><rp>(</rp><rt>おじけ</rt><rp>)</rp></ruby>づいた? でも、試合続行はあなたが望んだことよ」

若者の夢を壊すというのは心苦しい。しかし、小夜子としても寝覚めが悪いことはしたくなかった。

「その聖痕、使うたら死ぬぞ。鳴髪の妹よ、お前の身体でそれを使うと本当に死ぬから、一つまでにしておけ。それなら寿命が縮むだけで済むからの」

力を得てテンションが上がってしまうと、今のくるみのようになる。しかし、それは超人なら誰しもが経験していることだ。無論、小夜子にも力にはしゃいだ経験はある。

返矢左京との約束は【誰も殺すな】だ。事故だとしても、可愛らしいくるみが死ぬのは見たくない。

「は、何言ってんの?」

「八雷神の力を借りるのはよくないんじゃ。あれは<ruby><rb>黄泉平坂</rb><rp>(</rp><rt>よもつひらさか</rt><rp>)</rp></ruby>の死神じゃからなァ。全部使うてしもうたら、死の気が薄いお前は【あちら側】に引かれることになるの」

「えっ、じゃあ一匹だったら」

「これ、八雷神を<ruby><rb>匹</rb><rp>(</rp><rt>ぴき</rt><rp>)</rp></ruby>などと呼ぶでない。んんん、そうじゃな、一つでも十年は削れるかの」

くるみは、自分の両手首に刻まれた蛇の絡みつく聖痕を見て、少し考え込んだ。

「マジで?」

「マジじゃ」

マジである。

「え、それって普通に雷ピガーってするのもダメ?」

「ダメじゃ」

ダメであった。

「そ、そんなこと信じないんだから」

その瞬間、小夜子は縮地でくるみの眼前まで一瞬で肉薄すると、その顔面にパンチを叩き込んだ。そして、肉体にある経絡を突く。 【北斗の拳】のスピンオフが出ていたことに感心した折、影響されて覚えた魔技である。

「封じてやるから、使えるようになるまで修行するがよい」

自らの艶やかな髪の毛を一本抜き取った小夜子は、くるみの左手に巻き付ける。これで、雷神の術は封じた。

「ん、んんん、うう、んんんんんん」

経絡を突かれてほとんど動かない口で、くるみが何か文句を垂れている。小夜子はなんともいえない顔で、彼女の背後に回り、首元に手を巻き付けた。

柔道でいうところの裸締め。 プロレスで言うところのチョークスリーパーである。

「こういうのは見た目が悪くて使いたくないんじゃが、仕方あるまい」

気道をふさがれたくるみは、少し唸った後、すぐに気を失った。倒れないよう、小夜子が支えている。 こうしてなんとも締まらない形で勝敗が決した。

『間宮小夜子さんの勝ち。アントニオ猪木を彷彿とさせる魔性のチョークスリーパーでした。私は気に入りましたよ』

聖蓮尼は気に入ったようだが、鳴髪家の関係者は頭を抱えるしかない。 こうしてあまりも大きな出来事のあった二回戦第一試合は終わる。

十分ほど休憩の後、中止を求める声を無視した聖蓮尼が、第二試合を強行させた。

『花ケ崎レンジくん、道反誠士くん、前に』

誠士は手を振る<ruby><rb>朱音</rb><rp>(</rp><rt>あかね</rt><rp>)</rp></ruby>に手を振り返して、校庭に向かった。 花ケ崎レンジは第一試合で変身したままの姿で、誠士の対面にいる。 どこか現代的などす黒いプロテクターに、怪物化した口元。あまりにも異常な姿であった。

「道反誠士だ。よろしく頼むよ」

「おう、レンジだ。デートがかかってるからな、遠慮しねえぜ」

「望むところだ。……本気で間宮さんを誘うのか?」

「モチのロンよ。あんな美少女とお食事デートとか誰でも飛びつくだろ」

「あ、ああ、そうだな。その、頑張ってくれ」

小夜子を知る誠士からすれば、どれだけ無謀なんだと言いたい。しかし、デートもしたことがないというレンジに、それを言えるはずがない。

「へへへ、この姿になったオレは無敵だぜ」

「相当強いと思うよ。無敵は言い過ぎだと思うけどな」

怪物と化したレンジはほんの少しだけ、口元を歪ませた。

「……お前、いいヤツだな」

この学校ではオチコボレ扱いだ。だから、今まで十家の嫡男である誠士とは話したこともなかった。

「な、突然変なこと言うな」

このやり取りを聞き取れるだけの耳を持つ者たちは、なんだか青春な感じににっこりしていた。特に、誠士の母である綾子や、その他の女性陣などは、勝手にBLの気配を感じ取って嬉しそうである。 余談だが、小夜子はキャプツバから聖闘士までを経験した世代だ。

『アオハルでよろしい! 試合、はじめ』

誠士が先に動いた。回れ右して校庭を走る。つまり、逃走だ。

「おいっ、いきなり逃げんなっ」

「手長足長ッ」

走りながら誠士が式神を呼ぶと、観客席で人に化けていた手長足長が正体を顕わし校庭に飛び込む。

「カカカ、主殿、卑怯は好ましいぞ!」

姉鬼の手長が言う。そして、足長は黙ってレンジを背後から蹴り飛ばした。 強烈な、常人であれば肉体が砕けるほどの蹴りを喰らったレンジだが、前に飛ばされただけだ。

『む、式神はアリです。ノーサイド』

妖物の乱入かと動こうとした保護者に対して、聖蓮尼が宣言して待ったをかけた。 式神は反則ではない。影への収納や召喚系術式で呼ぶのが暗黙の了解だが、聖蓮尼はこの方法を認めた。

「卑怯って言うなよ!」