第46話 小夜子とレンジの決勝戦 (1/2)

退魔十家の嫡子と一門、まさかの全員敗退。 小夜子の優勝は予想されていたが、決勝では<ruby><rb>道反</rb><rp>(</rp><rt>ちがえし</rt><rp>)</rp></ruby>家か<ruby><rb>鳴髪</rb><rp>(</rp><rt>なるかみ</rt><rp>)</rp></ruby>家が進むという下馬評を覆す展開である。

特に花ケ崎レンジには、関係者全員が驚愕していた。 出自の怪しい一般生徒が、誰にでも分かる見事な勝ち方で決勝に進んだ。 小夜子にしてもそれは同じことで、<ruby><rb>伊邪那美</rb><rp>(</rp><rt>いざなみ</rt><rp>)</rp></ruby>大神の<ruby><rb>神降</rb><rp>(</rp><rt>かみお</rt><rp>)</rp></ruby>ろしですら打ち破っている。

返矢左京は平然とした顔をしているが、やりすぎだと感じている。 娘のことを隠すという意味では非常に役立ってくれているが、ここまでしろとは言ってない。

「テコナ、お前の仕込みか?」

親子の語らいというには、左京のそれはあまりにも硬い声音である。

「アレ、なに? お父様、アレは未来にもいません。間宮さんの仕込みだと思ってたのに、あの様子では違うみたい……」

返矢テコナが言うアレとはレンジのことだ。

「花ケ崎レンジか、調べないといけないな」

ため息混じりに言う左京。

「……由来は人間だけど、訳が分からない。中が覗けないし、なんなの、アレ」

返矢テコナは、厳密には人間ではない。 返矢左京の妻が人間ではないからだ。 妻の言葉からすると、左京の遺伝子が含まれているのかすら怪しいところだが、愛の結晶であることは間違いなかった。

結局のところ、返矢左京が常に余裕を持ち、中年になってもヨン様のような美貌を保つ不断の努力を重ねているのは、娘のことを隠すために他ならない。

「テコナ、なんとしても間宮小夜子を味方にしろ。それから、花ケ崎レンジもだ。廃墟での結婚式も認めんし、膨れ女そのものになることも許さん」

「お父様、ツンデレですよね?」

「馬鹿なことを言うな。それより、相手のことは詮索しない約束だが、学生結婚も許さんからな」

「うるさい男」

テコナは生まれた時からこの調子だ。だから、子育てというものを左京は経験していない。孫ができるとしたら、今度こそ子育てというものをしてみたいと思っている。

昼の休憩を挟むはずの決勝戦は、聖蓮尼の希望により15分の休憩後に行われることとなった。 レンジは変身を解いていない。元の姿に戻るとしばらく変身できないとのことである。 公正を期したものではなく、聖蓮尼の常在戦場的な考えからの短縮である。

小夜子はスポーツドリンクを呷りながら、一日目にしてぼろぼろになったチャイナ服を気にしていた。

「若松、なんぞおやつでもあるかや?」

「へい、ふんわりきなこ餅がございます。同シリーズの【ふんわりチーズ餅】もございますが、今は甘いものの方がよろしいでしょう」

若松がカバンから取り出したお菓子【ふんわりきなこ餅】を受け取った小夜子は、封を開けると口に流し込むように食べた。 味わって食べたいが、今は糖分と体内餓鬼道への施餓鬼による霊力の回復を優先したい。

「未来の魔王に伊邪那美様と、なんなんじゃこれは。わらわの相手だけ悪すぎるではないか」

「お嬢様、やはりあの時のお相手は……」

「うむ、あれでも本体と比べれば小指の爪ほど。流石は国母様じゃ。わらわもまだまだと思い知ったのう」

生と死の<ruby><rb>理</rb><rp>(</rp><rt>ことわり</rt><rp>)</rp></ruby>を乱さねば、伊邪那美様が敵に回ることはあるまい。しかし、次に黄泉平坂を生きながら行き来すれば、あんなに優しい対応はしてくれなくなる。

「お嬢様、次のお相手ですが」

「うむ、なんぞ勘違いしておったが、食事くらいは馳走してやらねばなるまい。しかし、ああいう風にデートデートと叫ばれると、わらわが恥ずかしいわ」

ほんのりと顔を朱に染めた小夜子に、若松は言葉を失くした。 小夜子は黙っていれば美少女だ。今まで何度も身の程知らずの少年を見てきたが、小夜子がこんな反応をするなど、初めてのことである。

「お嬢様、あのような下品な男はいけません!」

「な、なにを言うとるんじゃ。約束を守るだけでそんなんではないわ」

ふんわりきなこ餅の二袋目を開けて、今度は味わって食べる。 ふわふわの食感と、きなこの優しい甘味。口の中で溶けていく時に、特に強く甘さが染みわたる。 ギャル谷は良いものを教えてくれた。最近の袋菓子はレベルが高すぎる。

「若松よ、わらわはそんな軽い女ではないぞ」

「そこは存じております。食事だけというなら、どこか予約致しやす。ただ、あっしも同席しますよ」

「保護者みたいなことを言いおって」

そのようなことを言い合っている間に、休憩時間は過ぎた。 試合に呼ばれて、校庭へ向かうこととなる。

レンジと対面した小夜子の口元に、笑みが浮いた。 これを特別な存在と認識した理由までは分からない。しかし、間違ってはいなかった。 明らかな怪物として目の前にいるレンジは、地獄を煮詰めて出来上がったかのように思える。

「うむ、やはりお前が一番強かったようじゃな」

「全力出せって言われたからな。それより、メシの約束は忘れてないだろうな。もう、実質デートだぞ」

こんなにはっきり言われると、小夜子も照れるというもの。

「そ、そんな約束はしておらんわ。とにかく、食事くらいはなんぼでも食わせてやるから、遠慮無しで<ruby><rb>来</rb><rp>(</rp><rt>き</rt><rp>)</rp></ruby>やれ」

「おう、本気で行く」

「うむ、それで良い」

大気がぴんと張り詰めた。 殺気混じりに睨み合う。

聖蓮尼がマイクのスイッチを入れると、反響音がいやに大きく響いた。

『準備はよさそうですね。では、決勝戦、はじめ』

小夜子とレンジは互いに正面からぶつかり合った。 レンジのパンチをかいくぐりながら、小夜子の蹴りがレンジの腹にめり込む。殺す気でやったというのに、少しよろめいただけでレンジは向かってきた。

「ゴアアアアア」

咆哮はどこか悲鳴じみていて、変身したレンジからは強烈な地獄の気配がする。 カウンターで入ったレンジのパンチが、小夜子の首の骨を折った。すぐさま再生させて殴り返すが、レンジの身体に宿るそれは、妖物でも神のものでもない。

小夜子は縮地を用いて距離を取る。 強引に泥仕合に持ち込むというのは小夜子がよくやる戦い方だが、レンジにはそれが通用しないだからこその後退だ。

「む、妖物でもなければ神でもないとは」

「テレポートとかすげえな」

レンジの放つ瘴気は地獄そのものだ。 小夜子は瘴気などなんともない。しかし、普通の退魔師であればあの瘴気だけで動けなくなるだろう。

「むむ、ならば、これでどうじゃ。観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意―」

小夜子が唱えたのは、般若心経である。 一般的な怨霊などが嫌がるものだ。退魔師の秘技などではない。

「う、それ、イヤだな」

歴史の浅い現代的な怨霊はこれを嫌がる。そして、調伏はできなくとも、追い払う程度はできる場合があるものだ。

「やはり怨霊の類いじゃったか」

「おいおい、オレは生きてるよ」

「……その魂魄、何か違うものと見た。その正体を当てねば、泥仕合が続くだけじゃな。レンジよ、提案がある」

「なんだ?」

「魂魄に触れて、お前が何か確かめたい。死ぬかもしれんが、やってよいか?」

「へへへ、オレは死なないよ。なんとなく分かるんだ。バラバラにされても、オレは死なねえってな。やれるもんならやってみせなよ」

口約束とはいえ、これは契約となる。

「ほほほ、よう言うた。ならば、わらわも命がけじゃが、やってみせようか」

小夜子が縮地でレンジの目の前に瞬間移動する。 レンジはすぐに頭突きで反応した。頭突きを受けながらも、小夜子はその首に手を回して、首に抱き着くと、レンジの牙だらけの口に唇を重ねた。

「!?」

レンジは何が何やら分からない。しかし、小夜子の舌が口内に入ると、舌を絡め合うことになる。彼が意図したものではなく、身体が操作されていると気づくのに時間はかからなかった。

怪物と少女の接吻は、その姿に反して内実は恐ろしいものだった。 小夜子は口内を通して、エリンギ様から賜った菌糸をレンジの体内に伸ばしている。そして、一時的とはいえ肉体の制御を奪った。

レンジの脳裏に見たことがないはずの景色がフラッシュバックする。

廃墟と化した街並み。

妖魔の軍勢。

人々の怨嗟。

京都に集結した国民の生き残り一万有余人。その全てを人柱として、妖魔を葬り現世を再生させんがための大呪法。

天叢雲剣を欠いてはいたが、三種の神器の内二つを開放して執り行われた最後の大作戦である。

<ruby><rb>時空天</rb><rp>(</rp><rt>虚無</rt><rp>)</rp></ruby>招来、神風の呪法により、その願いは叶った。

人類が敗北した現在を覆すという願いは、時を超える。たとえ、それが不完全なものであったとしても。 天叢雲剣を欠いていなければ、全く違った結果になったはずだ。

魂魄に触れ合うというのは、一時的に精神の一体感が生ずる。

小夜子の唇が、離れた。 レンジと小夜子は見つめ合っている。

「なんと、お前は、いや花ケ崎レンジこそが確定未来の破壊者であったか」

小夜子にとって、それは予想外。 未来から過去を変えるために放つ呪法などが本当に存在するとは! そして、自らもまたその一部であった。

「くそ、頭がグルグルする。オレの中の何かが、来るぞ。おい、逃げろ」

「……またしても失敗してしもうた。花ケ崎レンジよ、わらわが鎮めてやる」

「グ、オオオオ」

レンジが咆哮する。それと同時に、観客席にいた<ruby><rb>天野</rb><rp>(</rp><rt>あまの</rt><rp>)</rp></ruby><ruby><rb>朱音</rb><rp>(</rp><rt>あかね</rt><rp>)</rp></ruby>が小さく悲鳴を上げた。

彼女の傍らにある<ruby><rb>天叢雲剣</rb><rp>(</rp><rt>あめのむらくも</rt><rp>)</rp></ruby>が、レンジに吸い寄せられて宙を舞ったからだ。 そのまま飛んで怪物の手に納まった天叢雲剣は、強烈な瘴気を放った。

「そうか、お前は神器の二つと人柱で、呪物として生を受けたんじゃな。なんとむごいことを……」

「オオオオ」

天叢雲剣を振り上げたレンジが、小夜子に向かって振り下ろす。 これは受けられぬと縮地で逃げたところ、天叢雲剣は地面に突き刺さり、深い亀裂を走らせていた。

レンジには宿命がある。 未来を地獄に変える魔王を倒すこと。その原動力とは、穢された神器と一万に届かん人柱の怨念である。

「わらわを魔王と認識したか。なんて酷い一日じゃ。うんざりしてきたわ」

剣の一撃を避けて、レンジの腹に拳を叩き込む。

「アトミックパンチじゃ!」

手加減なしで叩きこむと、レンジは怪物と化した口からどろりと黒い粘液のような血を吐いた。

「魔王への恨みと、我が国を荒らす者共を許さぬ」

人工太陽とも呼ばれたプルトニウムを利用した化学反応は、レンジの奥底に眠るモノを呼び覚ます。