第52話 くるみと色部とカレーライス (1/2)
鳴髪くるみが色部のところにやってきて、数日が経過した。 お互いが抱いた印象は、なんだか気に入らないヤツ、である。 気持ちとは無関係に、色部は仕事に対して非常に真面目だ。
まずは、事務所でくるみの身体検査を行うことから始まった。
「ちょっと、裸になれってどういうこと」
「どうもこうもあるか。お前に何ができるか、霊力の通り方を調べるだけだよ。ガキの裸を見たところで何も無いから安心しろ」
渋々ながら裸になったくるみの肌に、色部は手を当てる。 くるみはびくりとしたが、その手つきは医療従事者がやる検査と同じで、それ以上のことは何も無い。 先日、<ruby><rb>伊邪那美</rb><rp>(</rp><rt>いざなみ</rt><rp>)</rp></ruby>大神が憑依した際の聖痕にも、直に触れて調べていた。
「その、まじまじ見ないで」
「資料的な価値がある。キミに配慮して撮影もしてないんだ。少しは我慢しろ」
八雷神が絡みついた聖痕は、股にもあるため恥ずかしいなんてものではない。手足や首は我慢できるが、股間に至ってはエロコスで人気の淫紋のようにも見える。
「だいたい分かった、服を着ていいぞ」
メモにボールペンで何事か書き入れながら言う色部は、メガネのつるを中指で直す。
「どう、霊力は使えるようになりそう?」
「忌々しいことに、間宮のクソガキは適切な処置をしているよ。雷神の術を使ったら、暴走するのは確実だな。その聖痕、一つ一つが<ruby><rb>増幅器</rb><rp>(</rp><rt>アンプ</rt><rp>)</rp></ruby>だよ。お前は身体が弱すぎて増幅に耐えられない」
「どういうこと?」
「出力が強すぎる<ruby><rb>増幅器</rb><rp>(</rp><rt>アンプ</rt><rp>)</rp></ruby>につないだ小さなスピーカーは火を吹いて壊れる。それと同じ理屈だ。霊力は機械的な動きをしてるんだ。電気回路を覚えると役立つ」
色部が言っていることは正しい。 霊力自体は意味不明なものでも、その運用方法は電気の流れに似ている。 整流や交流、抵抗、様々な考え方ができる。それらを無視できるのは、怪物的な天才に限られる。
「ふうん、メカは興味ないけど」
「女はそれがダメだな。お前の場合は、増幅に耐えられる身体を造る必要がある。だが、この仕事には時間が足りん。だから、正攻法を使う」
服を着ながら返事をしたくるみは首を傾げた。
「<ruby><rb>木っ端</rb><rp>(</rp><rt>こっぱ</rt><rp>)</rp></ruby>退魔師が頼る銃火器の取り扱いだよ。一か月あれば、それなりにできるさ。そのための教官も手配した」
「ちょっと、銃火器って本当に木っ端の使うもんじゃない!? 鳴髪の嫡子がそんなの使ったら」
「そんなもんに頼れないから、十家に反発するヤツが増えるんだよ。私もそうだ。なんで仕事を受けたか分かるか? 鳴髪家をコケにできるからさ」
色部は悪党じみた笑みを浮かべて、くるみに向き直る。 シャツのボタンを留めていたくるみは、歯を食いしばって色部を睨みつけた。
「着替え中は見ないで」
「今は私が教育係だ。我慢しろ」
裸を見たところでなんとも思っていないのは、くるみとて雰囲気で分かる。
「サイテー、セクハラ野郎」
「お前に興味はないよ。もう少し成長してから言うんだな」
こいつ、嫌いだ。とくるみは思う。 色部も口の減らないくるみが気に入らない。しかし、こうやって言いくるめるのは気分がいいものだ。
陰険で神経質な男と、生意気な小娘の生活はこうして始まった。
修行は銃火器の扱いを覚えることから始まった。 くるみも学生ながら退魔師として活動していたこともあり、基礎体力は可もなく不可もなく。 雷神の術に頼り切りだったこともあって、銃火器についてはほぼ素人。仕事柄、多少は触ったことがあるという程度だ。
くるみへの指導は、都内某所の秘された地下訓練場で行われた。 色部は公安に貸しがあるということで、公安局から教官まで引っ張ってきている。 担当の女性局員は、くるみに銃の分解から基礎的な射撃訓練を行った。
「うん、色部さんからの紹介でどんな子が来るのかと思ってたけど、くるみちゃんは筋もいいわね」
局員は親切な女性で、懇切丁寧にくるみに教えてくれた。
「親切にありがとうございます」
「外部の人に変なことはしないわ。それに、物覚えも悪くないし。どう、公安もいいとこよ」
「あ、いえ、今はまだ」
「あらそう。名刺を渡すから、いつでも連絡してね」
一日八時間の訓練を終えたら、色部の自宅兼事務所へ戻る。 色部は事務所で何か調べものをしているようだ。
外食に飽きていたくるみは、帰りにスーパーで食材を買ってきていた。 誰でも簡単に作れるものということで、カレーを作る。
「色部さん、台所を借りるけど」
「好きにしろ。渡したサプリメントは飲み忘れるな。それから、食いすぎるなよ」
いちいち一言多い男だ。 バーモントカレーの箱には作り方の記載がある。 材料を切り分けたら、その順番で作っていく。 お米は炊飯器があるかすら分からなかったので、レンジで温められるご飯を買ってきた。一応、二人分だ。
「ええっと、これでいいのよね」
具材を炒めてから、水を入れて煮る。 ルーの分量も箱に書かれた通り。 買いすぎた食材を全部使うために五人前近くになるが、こうなっては止まれない。作ってしまおう。
「ええっと、火を止めてからルーを入れて」
「お前、どれだけ食べる気だ」
「ひゃっ」
背後に忍び寄っていた色部に言われて、くるみは飛び上がりそうになった。
「いきなり後ろから声かけないでよ」
「匂いのするものを作るなら先に言え。カレー、どれだけ食うつもりだ」
「あんたの分もあるの! 一人分だけ作れないでしょ」
「……まあいいが、今後は一人分だけ作れるものにしろ」
色部は食材を無駄にするのが忍びないという貧乏性だ。それがあって、二人してカレーを食べることになった。
使われていないのに綺麗に整えられているキッチンのテーブルで、並んで席に着く。
「あ、福神漬ッ。忘れてたわ」
くるみは福神漬派だ。らっきょうは苦手である。
「らっきょうが無いのが痛いな。それに、ご飯もレンジのヤツか」