第68話 新婚さん風味のお弁当とトミーとハデスの昼食 (1/2)
かつて、日本にもオカルトブームというものがあった。 1980年代のことで、ホラー映画の流行から始まって魔術からUFOまで、それはもう世間を騒がせたことがある。 バブル華やかなりし時代のこと。 映画から漫画、小説、はては専門書まで出せば売れる。 このころに出版されたオカルト本の中には、今では日の目を見ることが絶対にない民俗学者でもないと一生目にすることもないような、貴重な資料の翻訳本まであった。 有名なものでは、アレイスター・クロウリーの【法の書】や、【地獄の辞典】など、今ではこんなもん誰が買うのかというものが多数出版されたものだ。
そんな時代に、とある狂った金持ち。いや、頭のイカレた大富豪がいた。
現世的な楽しみに飽きて始めたオカルトに大金を投じた。 当時の日本企業というのは、金になるなら何でもしたものだ。24時間働けば、時間が全て金塊へ変わるのがバブルという世界観である。 そんな時代が、本当にあった。
神の類いを召喚するにあたり、専門家を雇う。
呼び出す神はなんでもよかった。 ただ、祟りのある神はよろしくない。特に、日本国内では<ruby><rb>荒魂</rb><rp>(</rp><rt>あらみたま</rt><rp>)</rp></ruby>と<ruby><rb>和魂</rb><rp>(</rp><rt>にぎみたま</rt><rp>)</rp></ruby>の概念があるため、失敗して荒魂を呼んでしまうととんでもないことになる。 そういうことで、信仰すら失われたような異国の神を選定することになった。
ゲームなどで知名度がある異国の神々というものは、ほとんどが信仰を失っている。 白羽の矢が立ったのは、北欧神話のロキである。
日本ではゲームなどで有名だが、信仰している人数ではたかが知れている。 当時のジャパンマネーの力はまさに絶大で、手に入らないものはなかった。 ロキの遺骨と邪教の経典など、北欧の寒村に隠されていた品々を入手して儀式を執り行ったのである。
そうして、日本国に召喚されたのがロキであった。
三十年以上、日本国内に潜んでいたロキは、今になって動き出した。 その思惑はいかなるものか。 それを知る者はいない。
そのようなこととは関係なく、今日も小夜子たちは学校へ行く。 本日のお昼休み、若松はげっそりしながら教室に控えている。
「あれ、若まっつん調子悪いの?」
ギャル谷が声をかけると、若松は「お気になさらんでください」と笑顔で応じる。しかし、どうにも疲れているのは隠せない。
「若松のは心労じゃな」
小夜子が答えて、本日の重箱を開ける。 ギャル谷は、おや、という顔をして重箱をのぞき込む。 本日のお重は、普段より華やかだ。 玉子のコーナーが毎回あるのだが、今日に限って出汁巻き玉子ではなく、伊達巻が入っているし、煮物のニンジンは花の形。 普段より、どこか女性的な印象がある。
「んん、また女がらみだね。あーしには分かるよ」
「正解じゃ。色々あって、式神を貰ったんじゃがの。それが若松に懐いておってなァ。新妻のように甲斐甲斐しく尽くしておる」
「それって、若まっつんを狙う新たな女ってことでしょ?」
「品の無い言い方をしおって」
ギャル谷は猫のように笑った。
「だってさぁ、なんかお弁当からして新婚さん風味になってるし。桜でんぶのおにぎりとか、ピンクピンクになってる」
「二回も言わんでよいわ。微妙に気を遣うからのう」
若松の弁当というのは、どこか男らしさがある。神経質というか、料理に対して愛情よりも完成度を求めているのが分かるからだ。 そんな重箱のお弁当が、今日は<ruby><rb>彩</rb><rp>(</rp><rt>いろどり</rt><rp>)</rp></ruby>からして違っている。 千草の手が入ってしまうと、なんだか見た目からして情を感じる。それも、愛が重くてしんどいやつ。
小夜子は何とも言えない苦い顔をした。
「わらわにも予想外での。そういうんは生徒会長だけで充分なんじゃが、アレだけでも、見てるこっちが恥ずかしいというのに」
「鷲宮さん、ポンコツだからねぇ」
「生徒会長は陰湿なんじゃ。あの巨乳を使って済ませればよいものをなァ」
ギャル谷は大らかに笑う。
「またまた、そういうこと言うんだから。んふふ、若まっつんって、女の子に遠慮しすぎなんだよ。そこがいいとこなんだろうけどね。鷲宮さんは、悪いのに騙されそうだから、今のままがいい気もするよ」
「問題の先送りじゃが、男と女のことはのう。わらわもそこは上手いことを言えぬ。それより食べるとするか、いただきます」
「いただきまーす」
お昼ご飯が始まる。 和食中心で見た目にも華やかになったお重を、二人で平らげていく。
「この煮物、新婚さん味!」
ギャル谷にも伝わったようだ。 妖物であろうと心をこめることがある。なんとも奇妙な話だと、小夜子は思う。
「味は熟年じゃの」
小夜子が控えている若松を見やれば、心なしかげっそりして見える。 ギャル谷はよく味わっており、飲み込むと品評が始まった。
「煮物の味がちょっと優しくなった感じ。いつもって、もう少し男らしくて、高速のパーキングエリアとか定食屋さんって感じだけど、こっちは新婚さんだね」
「うむ、素直は美徳じゃ。しかしギャル谷よ、若松の負担が大きすぎるから手加減をいたせ」
若松はさらにげっそりして、自分用のお弁当を食べていた。 お重の残り物を詰めたものだと分かるが、桜でんぶの色がピンクで切ない。若松本人は、どうにも押しの強い女と縁がある。しかし、タイプとしては決定的に合っていないようだ。
「ううむ、女幽霊にも困ったものじゃな」
「サヨちゃん、全然困ってないっしょ」
千草のことでは困っていない。 困りごとは別にあった。 例えば、この町にやって来た異国の神とか。
そのころ、トミーは間宮屋敷でペヤングを作るための湯を沸かしていた。
なんだか今日はゆったりしたい気になり、午前中に原付で買い物に出かけて、ペヤングなどのインスタント焼きそばを何種類かとサラダ、缶チューハイなどを買って帰ってきていた。
インターフォンが鳴ったので出ていくと、ハデス氏がいる。
「おう、どないしたんや。とりあえず入りいや」
「はい、お邪魔します」
ハデス氏は険しい顔をしていた。 トミーはそういうことを気にしない。 招き入れると、日本家屋には感心した様子であった。 誰しもが認める豪邸、それが間宮屋敷だ。もちろん庭も見事に整えられている。日々の手入れは若松が行っているが、季節に一度は植木屋を呼んでいた。
「こんなお家は、日本に来て初めて見ました」
旧家というのも、最近は見なくなった。
「姪っ子が趣味人なんや。ま、入って入って。今からメシやったから、食いながらでええか。ペヤングくらいしかないけど食うてく?」
「ええ、いただきます」
そういうことになり、やかんの湯も丁度いい時に沸いた。 ハデス氏を居間に通した後、台所にトミーは走る。
ペヤングと焼きそばUFOの乾燥野菜を開けて、湯を注いでしばし待つ。そして、湯切り。 あとはソースをかけるだけというところで、テーブルへ持っていく。
「喰い方は知っとる?」
「いえ、どうするのですか」
「ソースを開けて混ぜるんや」