第71話 トミーと小夜子は冥王と悪神を歓待する (1/2)

蕎麦屋のママさんは夫である店主と共に、奇妙な客たちをちらりちらりと見ていた。 外国人が二人と特殊メイクが一人。そして、プロデューサーらしき遊び人風の関西人。 男同士にありがちな、熱い飲み会をしている。 何かの相談らしいが、立ち入ったことが理解できるほどには聞き耳を立てていない。 最初は険悪なところもあったが、一時間もすると和やかに盛り上がっており、二時間が過ぎると皆がべろんべろんに酔っぱらっていた。

ママさんは飲食店を営んで長い。 妙な客というのは数限りなく見て来た。だから、彼らは珍しいだけでそれ以上のものではない。

夕暮れに差し掛かるころに、彼らは泥酔したまま会計を済ませた。

印象深い客だったが、夜の営業が忙しくなるとそれも忘れてしまった。 神々と出会ったなど、彼女が気づくことはないだろう。

トミーたちは夕暮れの町に迷い出て、とりあえず目的も無く国道沿いを歩く。 ふらふらと歩いていると、平成初期の雰囲気を残した店構えのバッティングセンターに行き当たった。

「酔い覚ましに、カッキーンってバッティングしてこうや」

トミーはいつも思い付きで行動する。

ハデス氏とロキは何のことか分からなかったが、簡単にバッティングセンターを説明すると面白そうだということになって、一行は受付に向かった。

受付をしていた中年の店主は、奇妙な一行に面食らった。

「いらっしゃいませ。うぉっ、撮影とかはダメですよ」

「そういうんやないねん。映画の撮影しててね、休憩中や。ちょいとバッティングさせてえな」

店主は恐竜人である目羅博士をじろじろと見たが、特殊メイクだと理解したようだ。

「あいよ。最低は80キロから。三十球で三百円ね」

「おうよ。邪魔するで」

トミーの先導でバッターボックスへ向かうと、年期の入ったコントロールボックスがお出迎えしてくれる。塗装がところどころ剥げていて、球速設定ボタンもまた古い。 百円玉を三枚入れて、さあスタートだ。

「トミーさん、これは何ですか?」

ハデス氏は不思議そうに言う。これが何か分からないようである。

「バッティングやで。おれが見本になるから、見といてや」

備え付けの金属バットはなるたけ軽いものを選んで、球速は最低にしてスタート。

「バッターボックスで、こうやって打つんや!」

トミーがバッターボックスに立つ。

ピッチャーマシンから放たれた硬球は時速80キロ。 酔っぱらった中年男には速すぎる。 派手な空振りを披露するトミーであった。

「何が面白いんだか。この国のことは三十年過ぎても理解不能だ」

ロキはそう吐き捨てるが、すでに金属バットを選んでいた。

「あかんあかん、こんな酒飲んでたらあかんわ」

言い訳するトミーを馬鹿にしたように笑うロキは、トミーに顎で退くよう指示して、自らがバッターボックスに入った。

「無様なヤツめ。何が見本だ。見ておけよ」

バッターボックスに入ったロキは、放たれた硬球を打つ。 グワゴラガキン! と、いい音が鳴って、ネットにボールが突き刺さった。

トミーが拍手すると、ロキは得意げである。

「やるやんけ。次は、ちょっと球ぁ速くしてみよか」

「やってみせろ。こんなもの、多少早くなったところで変わらん」

トミーはコントロールボックスを操作する。 ピッチャーマシンの動作音が唸り、硬球が放たれる。

見事なフォームでバットを振るロキだが、バットは空を切った。

「おい、何をした……」

あれだけキメた後である。ロキの顔は屈辱に歪んでいた。

「自信ありそうやったから、カーブにもしてみたんやで」

「もう一球だ」

「次は先生かハデスさんやろ。順番順番」

「おい、貴様どういうつもりだ」

ロキは不服そうな様子である。しかし、トミーは悪神のご機嫌など気にしない。

「こういうんは順番よ。ハデスさん、次いってえよ」

ハデス氏はロキを無視してバッターボックスに上がる。そして、納得がいかない様子のロキを下がらせるとバットを構えた。 ハデス氏が選んだのは一番重い金属バットである。

「トミーさん、いいですよ」

「よっしゃ、いいの打ってや」

放たれた硬球は最高時速。 ハデス氏がバットを振るだけで、周囲の空間が歪むようだ。 カッキーンという、小気味のよい音が響いた。

ホームラン確実の当たりであった。

「ははは、槍よりは軽いですね」

ロキは不機嫌だ。

「ふんっ、槍と一緒にするとは無作法だな」

そんな憎まれ口を叩くか、ロキのことをよく知るハデス氏はにやりと笑う。

「次は先生やで。ほら、先生もテンション上げてえな」

「私もですか。このようなアメリカ人の遊びは好みませんが。まあ仕方ないでしょう」

次は目羅博士がバッターボックスに入る。中ほどの速度で放たれたカーブを、危なげなく打ち込むという面白みのないバッティングである。

「先生、そこは外すかマシン壊すくらいせな」

「無理を言わないで下さい」

ロキは我慢できなくなったのか、トミーの順番を飛ばしてバッターボックスに入る。

「おい、さっきのをもう一度だ」

「ははは、負けず嫌いやなあ」

最高時速のカーブを、バットの芯で捉えた見事なバッテイング。 ネットを突き破らんという勢いでホームラン確実の勢いであった。

「ははは、どうだ! 俺に二度は通用せんぞ!!」