第74話 小夜子と狂気の世界 (1/2)

軽井沢からの帰り道、お土産を買い込んだところ4トントラックいっぱいに膨れ上がってしまった。

小夜子と目羅博士の作戦は、日本発祥の賭博であるパチンコとパチスロの神として、ハデス氏を祀り上げるというイカレたものである。

パチスロとは海外のカジノに着想を得た、スロットマシン型の遊戯台。 パチンコ屋で遊べて、たくさん金を使ってメダルをレンタルして遊ぶ。たくさん金を入れ続けると、稀にコインが増えるという狂気的遊戯であった。 大人しか遊べないというのに、日本全国の遊戯人口は、一説によると30万人にも上るという。

ギリシア神話における冥界の王ハーデースは、なぜかこのパチスロのキャラクターとして日本では大人気だ。 アナザーゴッドハーデスというパチスロ台が大ヒットしたことに端を発する。このパチスロ台の開発に、呪術的要素があったかは不明である。

ハーデスというパチスロ台が集める想念は、信仰と呼ぶに値するものであった。

小夜子と若松がお土産選びに奔走している最中、トミーの案内でハデス氏とロキと目羅博士は市街地のパチンコ屋を訪れていた。

「なんだ、このうるさい店は」

店内に入ったロキの素朴な感想だ。

日本暮らしの長いロキは、知識としてパチンコのことは知っている。しかし、パチンコ屋など、訪れたことすら無い。軽蔑の対象なのだから当然である。

ギラギラ輝くネオンで彩られた店構えからして、ハデス氏は嫌な予感しかしなかった。予感は当たり、店内はより一層に意味が分からない。 トミーからどんなものか聞いてはいたが、カジノとは全く違う異様な空間だ。 老若男女が一言も喋ることなくパチンコとパチスロ台に向き合っている。

「これがパチンコ屋や。孤独な戦いをやる男の戦場やで」

ロキはすでに帰りたくなっていた。 ハデス氏は仏頂面である。

「ハデスさん、あっちに奥さんの台があるから、ほら、こっちこっち」

トミーは一行を案内してパチスロコーナーへ。 老いも若いも男も女も、パチスロ機に向き合って単純な動作を繰り返している。通路を通っていると、突然パチスロ台がけたたましい音を鳴らして光るためビクッとする。

トミーが案内したのは、アナザーゴッドハーデスのスピンオフ台である【アナターのワイフ・ゆるせぽね】であった。 可愛らしくデフォルメされた女の子のイラストが、パチスロ台のパネルにはめ込まれている。それこそが、日本ナイズされたペルセポネ様の姿絵であった。

ギリシアの豊穣神であり、冥界の女神。 冥王ハーデースの妻であるペルセポネ様。かの女神が、遠い異国でゆるキャラにされているなどと、まさに神ですら予見し得ぬことであっただろう。

「~~~~ッ!」

ハデス氏は声にならない声を上げた。

「全然初心者向きの台やないし結構しんどいけど、これは万枚出る可能性あるしおれは好きやで。それに、ゆるせぽねはカワイイしな」

ハデス氏は言葉も無くシートに座る。

「トミーさん、お金はどこに入れるのですか?」

鋭い目で言うハデス氏に対して、トミーが<ruby><rb>万券</rb><rp>(</rp><rt>まんけん</rt><rp>)</rp></ruby>をサンドに差し込む。サンドとは、パチスロ台に隣接した自動メダルレンタル機だ。そして、万券とは一万円札の略である。

ドン引きでそれを見ていたロキは、目羅博士に言う。

「おい、パチスロとやらの構造は理解したが、どう考えても金が増えんぞ。こんな悪辣な博打がまかり通るとは……、この国のことが未だに分からん」

「ロキ様、いけません。それこそが愚かな人間の夢なのですよ」

目羅博士の返答に、ロキは限界が来た。

「こんな所にいてられるか! 俺は外に出るぞ」

「ロキ様、私もお付き合いします。ではトミーさん、後で合流しましょう」

トミーは手を振って何か言ったが、パチンコ屋の騒音に掻き消されてロキには聞き取れなかった。 こうして、ハデス氏は自らがどういうものの神になろうとしているかを知る。

ハデス氏とロキはこんなものが上手くいくはずがないと思った。しかし、トミーに加えて小夜子と目羅博士には確かな手応えがあると言う。

神々は人を見守るのみ。 こうして、賭博神ハーデース計画が動き出した。

数日後。

現代まで続く忍者の末裔、<ruby><rb>観語</rb><rp>(</rp><rt>みご</rt><rp>)</rp></ruby>一族。 その頭領であるお<ruby><rb>弦</rb><rp>(</rp><rt>げん</rt><rp>)</rp></ruby>は、小夜子からの命令に困惑していた。 小夜子に敗北して以来、配下となって様々な仕事をこなした。しかし、このような依頼は初めてのことである。

一族全員へ軽井沢土産のスイーツが4トントラックで届いたことにも困惑したが、退魔師である小夜子がパチンコ業界への取次ぎを求めるなど、その意図を測りかねた。

お弦の屋敷は立派な日本家屋だ。 居間からは牧歌的な農村の風景が見渡せた。いたって穏やかな景観とは裏腹に、ここは外法忍者の心臓部である。

向かい合う小夜子が手にしているのは、パチスロ情報誌であった。 色鮮やかな表紙は、パチスロ台の写真で埋め尽くされてる。

「のう、お弦婆よ」