第84話 小夜子とギャル谷はモデルと会う (1/2)

都会は人が多い。店もたくさんありすぎる。 渋谷駅に到着したのはいいが、どこに行くべきか小夜子には分からない。 小夜子とギャル谷はいい感じに空腹。昼過ぎて食事処は空き始めた頃合いである。 何を食べようか迷ったが、通りで目についたパン屋さんから良い匂いがしていた。おお、焼きたてパンの<ruby><rb>芳</rb><rp>(</rp><rt>かぐわ</rt><rp>)</rp></ruby>しき香りよ。

「パン屋さん、行こう」

ギャル谷が思わずそう言った。それほどに良い匂いがしていたのである。

「うむ、なかなか良さそうじゃな」

ちょいと<ruby><rb>洒落</rb><rp>(</rp><rt>シャレ</rt><rp>)</rp></ruby>た街のパン屋といった店構えで、中にはイートインがあるのも好都合であった。 トングとトレイで好きなパンを取り、レジでお会計といういつものシステム。ギャル谷と小夜子は次々と輝くようなパンをトレイに乗せていく。 ギャル谷はカツサンドから始まって、次はクルミパン。そして、小さいうずまき状の甘いヤツを選ぶ。パンの名前はいつだって覚えられない。 小夜子は目についた好みのパンをトレイに積み上げている。

「サヨちゃん、食べ過ぎじゃね?」

「美味いものはどれだけでも入ろうものよ。それに、<ruby><rb>施餓鬼</rb><rp>(</rp><rt>せがき</rt><rp>)</rp></ruby>になるからの。これも<ruby><rb>功徳</rb><rp>(</rp><rt>くどく</rt><rp>)</rp></ruby>じゃ」

小夜子の体内に存在する餓鬼道。そこでは幾万の餓鬼が食物を待ち構えているのだ。施餓鬼で霊力を得るオリ外法が今日も冴え渡っていた。

「最近そういうの勉強して詳しくなったよ……。なんかもうツッコミどころだらけなんだけど」

「退魔師でもなし、こんなもの知らんでよい」

「もう調べたし。クルミンも鳴髪お姉さんも聖蓮尼も、みんな専門用語使ってるのに教えてくれないから自分で調べたの」

小夜子は困った顔になった。<ruby><rb>半端</rb><rp>(</rp><rt>はんぱ</rt><rp>)</rp></ruby>に関わらせてしまったが、本当によかったものか。

「まあよいか。このままレジに行けばよいか?」

「あーしはもう大丈夫だよ」

レジの店員さんは小夜子の買う量に驚いたようだが、特に何も言わずにお会計をしてくれた。 イートインでギャル谷と小夜子は向き合って座る。

「サヨちゃんって、カレーパンとピロシキの被りが許せるタイプなんだね……」

「外側が似てるだけで、明らかに別物じゃろ。この論争は長くなるであろうからの。今はお腹も減っておるし、先に食べるとしよう。いただきます」

「論争するほどのことじゃないって。いただきます」

さて、小夜子が大量のパンを買ったのには理由がある。それは、都会のシャレ乙なパン屋さんを吟味してやろうという、ちょっとした都会への<ruby><rb>敵愾心</rb><rp>(</rp><rt>てきがいしん</rt><rp>)</rp></ruby>からなるものだ。 隠れた田舎の名店が良い、という妙な対抗心でもある。

都会のオシャレなパン屋さん、なにするものぞ。

まずは本場ロシアとは微妙に違う日本のパン屋さん独特のピロシキ。 見た目はカレーパン、中身は中華まんの餡。それが日本風のピロシキである。

どうせ都会は馴染の薄い微妙なオシャレ味であろう。斜に構えた味を予想しつつ口にした瞬間、食感だけで分かる。この柔らかプチの歯応えは、春雨!

「む、むむ」

ひき肉、レバー、玉ねぎ、ポテサラ、キノコ、キャベツなどがみじん切りで炒められた餡の味付けは、香草が利いたコンソメ風味の本場仕様。塩味がきつく感じられるが、日本式ピロシキの特徴である揚げパンの甘味でそれは程よい塩梅に。

ただならぬ様子の小夜子に、ギャル谷が問いかける。

「え、どうしたの?」

「美味い。悔しいが、わらわも認めるしかあるまい。本場と日本式のいいとこ取りで、ガッツリしながらも素朴な味わいに仕上げるとは!」

地元の名店パン屋さんは、中身が中華まんのカレーパンという日本式ピロシキしか作っていない。それはそれで美味しいけれど、食べやすさと全体の完成度はこちらが断然上だ。

「サヨちゃんのこだわり、たまに見てられない。普通に食べなよ」

ギャル谷の心無い指摘であった。

「うむ、そうじゃな。わらわとしたことが、都会への偏見が前に出ておったわ。パンはどれも美味しそうじゃ」

小夜子は気を取り直してカレーパンを口にする。パン生地のサクサク感と、冷めても美味しいカレーの調和が良い。

「あ、その玉子サンド美味しそうだね。あーしのカツサンドと一つ交換して」

「シェアというヤツじゃの。わらわもカツサンドは気になっておったところじゃ」

変なこだわりが炸裂した小夜子であるが、そんなものより美味しい食事を楽しむことが大切だ。 ギャル谷と他愛もないことを話しながらの遅いお昼。 気分が晴れてきたと小夜子は自覚する。 アイスコーヒーはどこにでもある業務用の味で、パンは美味しいのにそこが惜しい。

「ギャル谷よ、それで今日はどこに行くのじゃ」

「うん、前にモデルしてた時の友達のとこ。ちょっと挨拶するだけだよ」

「ほう、あれじゃな。ギャル谷がよう見てる雑誌の縁者かや。芸能界というのはどういうところじゃ」

「あーしは雑魚レベルだったから、服借りてポーズとる写真のモデル? そんな感じだったよ。人気あったらテレビとかって話もあるけど、それって<ruby><rb>頂点</rb><rp>(</rp><rt>てっぺん</rt><rp>)</rp></ruby>だからね。雑魚には無理無理」

意識せずに出る<ruby><rb>頂点</rb><rp>(</rp><rt>てっぺん</rt><rp>)</rp></ruby>というヤンキー語。ギャル谷は才能があると小夜子は思った。

「自分を雑魚などと、ギャル谷には似合わん」

ギャル谷は驚いた顔をした後に笑みを浮かべた。

「んふふ、なんで真顔で言うの」

「ギャル谷が雑魚ではないからじゃ。わらわの知る人間の中でも、そなたは相当のものよ」

「ちょっと、それ恥ずかしい」

不思議そうな顔をする小夜子から、ギャル谷は目を逸らした。

「そうかや? わらわは普通のことを言ったつもりじゃが。……おっと、イートインに長居するのは無粋じゃの。そろそろモデルさんのところにでも行くとしようぞ」

「あ、うん。それじゃあ、行こっか」

大量のパンは全て小夜子の腹に収まってしまった。ギャル谷は慣れているが、ちらりちらりと見ていたお客さんと店員さんは驚いたことだろう。

渋谷の街を歩く。 おしゃれな男女にチンピラ、色々な人がいる。人がたくさんいて、ちらりちらりと妙な気配もあった。 退魔師に放置されている妖物というのは珍しくない。怨霊から淫魔までがボーダーライン。それ以上は見つけたら潰すのが良いとされている。

「……」

今日の小夜子は遊びに来たことだし、それらを始末しようと思わなかった。それに、清いだけの水には魚も住めない。多少の澱みも必要だ。

しばらく歩くと目的地であるというカフェが見えてきた。いかにもオシャレな若者が集いそうな店構えである。一見すると、何の店か分からないというのが、なんとも若い。

「おお、トレンディドラマの舞台みたいじゃ」

「トレンディ? なにそれ。コーヒーだっけ?」

「……ええんじゃ。忘れておくれ」

「ヘンなの」