第109話 ベリアル死す (1/2)

横開きの扉を開けて間宮屋敷の玄関へと足を踏み入れたのは、今風のなよついたイケメンである。 オシャレなお洋服に優し気な風貌であるのに、どこか暴力的な雰囲気を持つ大学生くらいの男。裏でレイプサークルでもやっていそうないけ好かないヤツだ。

「やあ、こんばんは。ボクはベリアル。知っててくれたよね?」

さて、殺すか。 小夜子は思い立って右手を異形の触手へと変じさせた。

「ちょっと、待って待って。ボクは争いに来たんじゃない。交渉に来たんだよ」

「悪魔なんぞと取引すると思うたか。日ノ本で顕現したお前なぞ怖くないわ」

小夜子は言い終えて、酷薄な笑みを浮かべた。 悪魔といえば、近年のゲームなどで人間味のある存在として描かれる。そんなもの、ひねくれた感性のやる幻想にすぎない。

悪い魔。

本場米国で彼らが顕現して惨劇以外の何があったか。少女の首が回転するわ緑色のゲロをまき散らすわ。ゾンビが溢れかえったり、いいことなど一つもおきていない。あるとしたら、スーパーマーケットの店員が英雄へ至ったことくらいである。

「待て、このままでは龍子が死ぬ。ボクの目的のためにも、アレには生きていてもらわないといけないんだ」

ちらりと、小夜子はこちらを不安そうに見やるユメちゃんを横目で見た。

「……なるほど、よかろう。話くらいは聞こうかの。若松、ここに茶を持ってまいれ」

上がりかまちに腰掛けた小夜子は、立ち尽くすベリアルを見る。 にやけたツラのイケメン。中性的な風貌で未成年の家出娘においたをしそうな顔である。動画投稿サイトで善人を気取っていそうで、気に食わない。

「よかった。キミがかしこくて助かるよ」

若松が音も無く忍び寄って昆布茶入りの湯呑を小夜子に差し出す。ベリアルの分は無い。

「ボクのは無いのかい?」

小夜子は無視して昆布茶をすすった。そして、口を開く。

「龍子のことはだいたい察しがついておる。それで、いつまで生かす気でおる?」

ベリアルは上品に破顔して白い歯をみせた。きらりと灯りを反射するので、小夜子に殺意が湧いた。

「ははは、お茶もくれないなんて流石だね」

悪魔を歓待してはならない。

「ベリアル、迂遠なことを言わんでよい。話してみよ」

大悪魔ベリアルは大げさに肩をすくめてみせた。この類いのイケメンがやるわざとらしい仕草にはイラっとさせられる。

「天寿を全うしてくれたらいいのさ。龍子は悪徳に満ちた母親と違っていい子だからね。この世を楽しんでほしいのさ。キミには助けられたよ。もう少しで、盗みなんて罪を犯すところだった」

「無原罪の存在が必要であったということか? どうせ、気に入らんことを企んでおるのじゃろう」

やはり、ここで滅するべきか。小夜子は少しだけ考える。 間宮屋敷に直接乗り込んでくるからには、無策ということはあるまい。 小夜子は【天通眼】によって悪魔ベリアルを解析してみたが、どうにも奇妙だ。分身ではないし、姿だけの木偶でもない。こいつは、召喚された本体だ。無策にもほどがある。

「せっかちだね」

「殺されたいか?」

馬鹿にしたようにベリアルは笑う。 イラつくヤツだ。小夜子は殺意を抑える。この挑発にどんな意味があるのか分からない今は、話を続けようと思った。

「そう言わないでよ。ボクはただ、龍子に正しく生きてもらいたいだけさ」

「いい加減にいたせ」

小夜子が右手を振れば、ベリアルの耳に激痛が走る。 大悪魔をもってして避けられない速度で振るわれたナノミクロンの触手が、ベリアルの耳をすぱりと切断せしめたのだ。

「痛いな……」

耳が落ちたというのに血は出ない。その代わりに、尋常ではない瘴気が漏れ出している。

「わらわの言葉が聞こえておらんようじゃったからの。一つなくなったくらいで、変わるまいよ」

「分かった、もうよく分かったよ。ボクが人に似せて作った龍子を、天界に送る。それだけさ。悪魔が作ったモノを天界が受け入れるなら、今度こそボクの告発が通るだろう。そのためには、龍子に穢れ無き魂でいてもらわないといけない」

小夜子は眉間に手を当てて、なんともいえない顔になる。そして、大きくため息を吐いた。