第22話 旅立ちの回想(後編) (1/2)
「君がリネアさんだね」 そう言って自らの名を名乗られたのはヴィスタとヴィルの父親であるアプリコット伯爵とそのご婦人。 その後ろにシンシア様とヴィルの姿までもがある。
「すみません、こんな朝早くに訪れてしまって」「いや、事情は娘達から聞いている。まさか本当に屋敷を飛び出すとは思わなかったがね」 一体ヴィスタ達がどんな話をしていたのかと気になるところだが、正直これ以上雑談をしている時間もないし、伯爵様とお話するような話題は持ち合わせてはない。 とりあえず簡単な挨拶と、こんな時間に訪れてしまった事をお詫びし、早々に話を切り上げて立ち去ろうとする。 だが……「まぁそう慌てるな。急ぐ気持ちも分からんではないが、一時の焦りで最善の道を見とすこともあるのだぞ」 と、私がソファーより立ち上がった時に伯爵様が止めに入る。
それはつまり私になにか有益な話があるという事なのだろうか? 流石にこのまま叔父様の元へと送り返されるとも思えないし、この場にはヴィスタもヴィルも居てくれる。 確かにヴィスタのお父様が持ってきた話ならば、話だけでも聴く価値はあるかもしれない。
「そうですね。私のような者にわざわざお時間を頂いたというのに、このまま立ち去るのは無礼と言うもの。お話だけでもお伺いさせて頂いてもよろしいでしょうか」 あくまで話だけという部分を強調し、再びソファーへと座り込む。
「なるほどな、話に聞いていた通り現実を見据えておる。しかも伯爵である私に対しおくびも見せないとはな」「申し訳ございません。今の私には妹とこんな私に付いて来てくれたノヴィアの安全を守らなければなりません。それが例え一本の細い糸であっても、私は間違えるわけにはいかないのです」 少し伯爵様相手に失礼かとは思うけれど、これから私は二人の身の安全を守っていかなければならないし、日々を暮らすための生活も確保しなければならない。 それに向こうも慈善事業で私に話をするわけでもないだろう。 これが何のしがらみもない平和な国ならばともかく、階級社会のドロドロの世界では、例え娘の友人でさえも時には見捨てなければならない。 ならばこちらとしても警戒するに越したことはないだろう。
「ふふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。私も主人も娘達の友人を売ろうなんて考え持ち合わせてはいないわ」「そう……ですか」 私の強張った態度を見ていたヴィスタのお母様が、私たちを安心させるように暖かな言葉をかけてくれる。 「まぁそういうことだ。何も捕まえて引き渡すような真似はしないから安心したまえ。 さて、こちらから話をする前に一つ聞きたいのだが、この後の行き先は決まっているのか?」「はい。一応は決めてはおります」「それは何処かと、尋ねても良いものか?」 ん〜、言っても良いものだろうか。 私が居たアージェント家とヴィスタのアプリコット家は、現在エレオノーラ派とリーゼ派とで対立中。 流石に抗争中の相手に情報を引き渡すとも思えないし、先ほどのヴィスタのお母様の言葉もある。 それにどうせ落ち着いたらヴィスタには手紙を送るつもりだったのだから、ここで言ったところで今更だろう。
私は少し肩の力を抜き、予め決めていた町の名前を口にする。
「そこに在住するかはまだわからないのですが、取り敢えずはトワイライト連合国家にあるカーネリアンの街へと行く予定です」「なるほど、カーネリアンの街か……」 隣国の街の名前とはいえ、やはり伯爵様も街の名前をご存知だったか。
このメルヴェール王国は南こそ海に面してはいるが、東には聖王国レガリア、北にラグナス王国、そして西に小さな街や公国を束ねたトワイライト連合国家がある。 その中で現在の目的地としているのは、トワイライト連合国家に所属するカーネリアンと言う名の街。 そこはメルヴェール王国から国境を越えた先にある宿場町で、つい十数年前にメルヴェール王国へと繋がる街道が新に作られ、ここ数年で一気に発展したと聞いている。 そこならば仕事の一つや二つは見つけられるだろう。
「中々いい目の付け所をしておる。……だが止めておけ」「えっ?」 一瞬ホッとしたところを、一気にドン底へと突き落とす伯爵様の言葉。 止めておけ、それは一体どういう意味?
「カーネリアンの街を選んだ理由は、恐らく急速に発展しているからであろう?」「はい。発展途上中ならば私でも仕事が見つけられると思ったもので」「やはりそうか。御主なら知っておろう、我がアプリコット領がトワイライト連合国家との国境沿いにあることを」「それは勿論」 たしかアプリコット領はこのメルベール王国の西南に位置する領地。岩山に遮られているせいで海には面していないが、カーネリアンの街とは比較的近い領地となる。 まぁ、白状してしまえばヴィスタの家のアプリコット領が近くにあるから、私はカーネリアンの街を選んだという理由もある。
「実際のところカーネリンの領主との付き合いはないのだが、あの街の噂は時折耳にすることがあってな。いきなり街道が出来たこともそうだが、急速な発展にはどうも黒い影が潜んでおるようで、あまり良い噂は聞かないのだ」「黒い噂ですか?」「うむ。例えば街を手っ取り早く発展させるにはどうすればよいと思うか?」 伯爵様は話の中で質問を私へと投げかけてくる。 それってつまり、私を試しているということだろうか? 私は少し考え、至極当然の答えを口にする。
「そうですね、普通に考えれば人集めですね」「ならば、人が集まった後はどうする?」「人が集まった後ですか?」 私は『う〜ん』と考え、前世の記憶をたどり一つの答えを導き出す。
「街の整備でしょうか? 元々あった街と言うことですので、ある程度の整備はできているのでしょうか、人の行き交いが増えれば当然交通網はパンクしてしまいます。ならばこれ以上発展させようと思えば道路の整備や交通機関の設立、場合のよっては区画整理にも手を回さなければいけないのではないでしょうか?」
前世の日本で暮らしていた時、私はこんな話を聞いたことがあった。 何代目かの総理大臣が日本の発展を予測して、国中に多くの高速道路が作られたと聞いている。 そのお陰で今まで人が立ち寄らなかった街に人が集まり、観光などで賑わった街が幾つもできた。だが人が集まったはいいが、元々人口の少なかった街には道路などの整備が出来ておらず、街中は常に渋滞が続いた。