第34話 アクアとお社と新型馬車 (1/2)
「んん〜〜、今日もいい天気ね」 お店の休憩の合間を見てノヴィアとアクア、子猫のタマを連れて視察という名の午後のお散歩。 リアとフィオは今頃学校でのお勉強中なので、今日は二人と二匹だけで農家さんの様子を伺うために、アクアの農村地へと向かっていた。
「それにしても良かったのです? アクア様を村人達の前に晒してしまって」「仕方がないでしょ、この子が勝手に私のポッケから飛び出すんだもの」 商会の立ち上げから2度目となる全体会議のとき、するりとノヴィアの腕から逃げ出したタマが、みんなの前で議事を担当する私の胸へと飛びついてきた。 本当ならお家でお留守番をさせておくべきなのだろうが、リアは学校だしノヴィアには私のお手伝いがあり、お店で1匹にしておくのは非常に危険を感じたために連れてきたのだが、まさかあの場で私に飛びついてくるとは夢にも思わなかった。 だってそうでしょ、私のポッケには今も同じように眠るアクアが収納されているのだ。 当然タマの来襲に驚いたアクアは飛び起きるよう、私のポッケから集まった村の人たちの目の前に飛び出してしまった。 せめてタマが1匹でお留守番できるような子ならば良かったのだが、この子は可愛い見た目によらずかなりヤンチャで、かまってやらないとお店の中は荒らすわ、部屋に閉じ込めれば私やノヴィアの下着を咥えて逃げるわで、危うく私の勝負下着を村の人たちの前に晒すところだったのだ。
「まったく、寄りにもよって一番奥に隠していた黒い下着を狙うとか、飼い主はどんなしつけをしているのよ。一度顔を見てみたいわね」「リネア様、それはリネア様の事だと思いますよ」
結局驚きを見せる村の人たちへの説明に、私がどれほど苦労した事か。 まぁ、最後はアクアの存在がキッカケで、みんなが前向きに考えるようになってくれたのは良かったんだけれどね。
「そうだノヴィア、農家さんのところに行く前に、先にゲンさんの工務店に立ち寄ってもいいかしら?」「新しい荷馬車の件ですか?」「えぇ、それもあるけど個人的にゲンさんにお願いしたい事があってね」「大丈夫ですよ、夜のオープンまでには十分時間ありますので」 道すがら、ふと思い出した事があったので、ノヴィアに寄り道の断りを入れて進路を変える。 ゲンさんとは私のお店を補修工事した時にお世話になった、このアクアで一番ん腕が立つと言われている職人さん。 気難しく若い人たちにも厳しいらしいが、その腕前は誰もが認める腕前の持ち主で、今回商会の立ち上げで建屋の補修工事から市場の改修、そして現在は氷を使った新型の保冷馬車まで作ってもらっている。
保冷馬車、その言葉の通り氷の冷気を利用した、アクア商会オリジナルの専用荷馬車で、箱状の貨車を上下の二重の構造にし、上に氷・下に食材が収納できるようになったもの。
前世の近代文化時代に生まれた人には馴染みがないだろうが、随分昔の電気がない時代に親しまれていた冷蔵箱と言えば、多少のイメージはわかってもらえるだろうか。 日本では明治以降に現れる物だが、海外では1800年代に登場し、多くの人々に親しまれてきたと言われている。 この世界でも一応、似たような方法を利用した冷蔵庫は存在するが、氷自体が非常に貴重な物になるため、食材などの保管は家の下に掘られた地下室が使用されている。 基本冷気は上から下へと降りていくので、この原理を利用すれば、鮮度を保ったまま野菜や解体したお肉など運搬できないかと考えたのだ。
「こんにちはー」 木材が散らばる工場に入るなり、近くで片づけをされている女性に向けて挨拶をする。
「あら、リネアちゃんじゃない。今日はどうしたんだい?」「ゲンさんいますか? 先日お願いしていた荷馬車がどうなったかなぁって思いまして」 対応してくださったのはゲンさんの奥さんでもあり、この工場を影から支える女将さん。 気難しい旦那さんと違い、こちらは人当たりの優しい奥さんで、困っていることは相談に乗ってくれるわ、ゲンさんと揉めた時もやんわりとフォローしてくれるわの、この工務店を影から支える功労者でもある。
「ちょっとまってね。あんた、リネアちゃんが来てくれているよ」「ん? おぉ、来たか」 そう言って奥の作業場から出てこられたのは、見るからに厳しそうな面持ちをした一人のおじさん。 その近くには若い作業員さんが数人、何やら作業に取り掛かっておられる。
「どうですか? 新しい荷馬車の方は」「まぁ見てな」 案内されるまま奥の作業場に向かうと、そこにあったのは現在改良中の3台の荷馬車。 一週間ほど前に初の試運転をアプリコット領向けに出発したのだが、こちらはあくまでもテスト運転だった為、再びゲンさんの工場へと戻したのだ。
「へぇ、内側は随分きれいな仕上がりになるんですね」 軽い木材で出来た外観に、つるりとした鉛色の内装。木と金属板の間には『おがくず』が敷き詰められており、天井には外側から氷を出し入れしやすいよう、開閉式の二層構造となっている。
「まったく無茶な注文ばかり言いやがって、こっちは木材工場だというのに<ruby><rb>錫</rb><rp>(</rp><rt>スズ</rt><rp>)</rp></ruby>だ<ruby><rb>亜鉛</rb><rp>(</rp><rt>アエン</rt><rp>)</rp></ruby>だのをこんなにも多く使わせやがって。これで上手く行かなかったら倍の費用を請求してやるからな」「あはは、すみません。でも流石ですね。こんなに丁寧に仕上げてもらえるなんて、商会のみんなも喜びますよ」
今回補修のために戻したのは断熱用に金属板を取り付けてもらう為。 もともとゲンさんの所では金属系を取り扱ってはおらず、今回提案した際に『てやんでぇ、こちとら根っからの<ruby><rb>木材店</rb><rp>(</rp><rt>江戸っ子</rt><rp>)</rp></ruby>だ、木材以外の材料はこの店にはねぇよ!』的な事を言われてしまい、わざわざ別の街から錫と亜鉛の板材を取り寄せてもらったというわけ。 少々私的な翻訳がなされているが、そこは大きな心でサラッと見逃して欲しい。