第37話 再会は川の中で (1/2)
「た、ただいま……」「お帰りなさいませ、お嬢さ…ま……」「おかえり、リネアちゃ…ん……」 戸惑いながらノヴィアとヴィスタに挨拶するも、私の様子を見るなり同時に頬を染めながら固まる二人の姿。 うん、ごめん。私が一番恥ずかしいの! お姫様抱っこの状態で、恥ずかしさのあまり思わず両手で自分の顔を隠す私。 一方ノヴィアは見てはいけない現場を目撃してしまったと目を逸らし、ヴィスタは頬を染めながらもマジマジと私の様子を観察する。
ちがうの! これには訳があるの!!
「ア、アレ……ク……?」 彼、アレクとの再会は余りにも唐突すぎた。
「まだこのペンダントを持っていてくれたんだね」 未だ状態が把握出来ていない私はただその場で立ち尽くすだけ。 今、目の前の男性は私とアレクしか知らない想い出に触れてきた。 このペンダントに込められた約束は、その場にいたリアと、亡くなった両親を除けばヴィスタとノヴィアにしか話しておらず、現物のペンダントを知る者もまたほんの数人だけ。 例外をあげるとすれば叔父のお屋敷でお世話になっていた一部の使用人さん達だが、彼らにアレクとの想い出を話したことは一度もない。
つまり、残された人物でこのペンダントの存在を知るのは彼しかいないわけであって……
「アレク……なの?」「うん、そうだよ」 体の奥底から湧き上がる熱い感情。 思わぬ形での彼との再会に、この10年間で苦しかった日々が一気に私を襲いかかる。
「ちょっ、ちょっとどうしたのリネア?」 見知らぬ男性と向き合い、ただならぬ私の様子に心配したヴィルが川の中まで駆け寄ってくる。
「ごめんヴィル、ちょっと色々思い出しちゃって」 自然と溢れ出てくる涙を必死に抑えようとするも、次から次へと流れ出る涙。 お姫様がピンチの時に必ず助けに来てくれる王子様、って訳でもないが、両親が亡くなった時、ヴィスタとヴィルとの関係を失いかけた時、そして生まれた国を離れる時と、私が弱くなった時には必ず元気をくれていた存在。 その為ずっと溜め込んでいた辛い思い出が一気に私へと襲いかかり、涙といった形で溢れ出てしまう。
「お久しぶり、アレク」 溢れ出た涙を袖口で拭い、一度呼吸を落ち着かせてから改めて再会の挨拶を交わし合う。「うん、リネアこそ元気そうでよかったよ」 国元を離れたこのアクアの地で再会するとは思わなかったが、恐らくそれは彼も同じであろう。 私も随分女性らしく成長したし、彼も見違えるように逞しく思える。 あの頃はお互い子供だったから仕方がないのだが、もし普通に街中ですれ違っていたとしても、お互い気付かなかったのではないだろうか? そう思うとこのペンダントは、私とアレクとを引き合わせてくれるような魔法のアイテムなのかもしれない。
「リネア、その……知り合いなの?」「えっ、あぁ、うん。その……」 ヴィルに話しかけられ、自分でも歯切れが悪いと思える返事。 別にアレクの存在を隠していたわけでもないが、乙女心ともいえる淡い想い出をペラペラと話すのも恥ずかしく、他人からは意味不明の涙を見せてしまった後なので、今更なんと説明していいのもわからない。 とりあえず冷静に、冷静にと必死に心を落ち着かせようとするも、アレクが唐突に自分のハンカチで私の目元を拭きだし、顔を真っ赤に染めながら頭の中が真っ白に塗りつぶされる。
って、なにさり気なく私の涙を拭き取ってるのよ!
嫌か嬉しいかと問われれば当然後者になるわけだが、今のこの状況では私の心臓に非常に悪い。 自分でも顔が真っ赤になっているのが分かっているので、ヴィルを正面から見れないわ、アレクにもまともに顔を見せられないわで、何も知らない人がこの状況を見れば、若い男女三人が複雑な関係を拗らせているとも見えてしまう。 今もうっかりこの状況を見てしまった村人その1が、見てはイケナイ現場を目撃してしまったかのように、足早にと逃げ去っていく。 まってまって、違うの! 俗に言う男女の縺れとかそういった現場ではなく、偶然と偶然が重なり合って、今の状況になってしまったの!
そもそも私のアレクとの関係はそんなに深いものでなく、ヴィルとの関係もまた普通の友達関係。そこに淡い乙女心が全く無いかと問われれば、多少言葉を詰まらせてしまうが、決して恋人同士でないとは断言できる。 「あ、あの……アレク、その……自分で拭けるから……」 火照った顔を反らせながら、やっとの思いで言葉を吐く。 彼も私の言葉でようやく今の状態が理解できたのか、慌てた様子で両手を挙げ、決して疚しい気持ちはなかったと猛アピール。
「ち、違うんだ。リネアの顔に涙の後が残っていたから、つい自然と手が出ちゃっただけで、決して疚しい気持ちを抱いていたわけじゃなく、その……二人の関係を壊そうとか、そんな感情は一切ないから安心して」「……は?」 二人の関係? ……って、もしかしてアレクは私とヴィルを恋人同士だとかと勘違いしてない?
冷静になって考えてみれば、男女二人が野菜いっぱいのカゴを持ち、のどかな農道を一緒に歩いていればカップルに見えるのかもしれない。 私としては単に荷物持ち&仲のいい友達同士の感覚なのだが、今のアレクの反応を見る限り、私には必死に謝罪し、ヴィルには決して疚しい気持ちはなかったんだとアピールしている。 うん、ここはヴィルの為にもちゃんと誤解を解いておかないとだね。
「あの、アレク。多分誤解してると思うんだけど、私とヴィルとはそんな関係じゃないわよ。今日はちょっと買い忘れがあって荷物持ちをお願いしたの」 農道に置かれた野菜いっぱいのカゴを指差し、まずは勘違いなのだと誤解を解こうと説明すると、なぜかアレクは私の指差す方に顔を向け、ヴィルはガックッと肩を落とす。 あれ? なんでヴィルが落ち込んでるのかしら?
「そ、そうなんだ。ちょっと早とちりをしてしまったようだね」「そうよ。私の恋人だなんて、ヴィルに失礼だわ」 お相手は伯爵家の跡取りだからね。一応何か危険があるかもしれないのでワザワザ説明をするつもりはないが、貴族を捨てた私ではヴィルのお相手は不釣り合いだろう。
「うん、もうそれぐらいにしてあげたほうがいいかな。ちょっと彼が可哀想だ」「えっ? それってどういう……」 アレクからの意味不明の言葉を問いかけようとするも、タイミング悪く遠くの方から彼の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
「しまった、ゼストの事をわすれていた」「ゼスト……さん? お知り合いですか?」「うん、一緒に旅をしている仲間なんだ」 あぁ、アレクは出会った頃と同じように、今も旅の商人を続けているんだろう。見れば旅装束に身を包んだ若い男性が一人、こちらに向かって走ってくる。