第42話 交渉 (1/2)

「初めまして、ヘリオドールの領主をしておりますガーネット・ヘリオドールです」「初めてお目にかかります。ヘリオドールでトリスターノ商会を運営していおりますアラン・トリスターノです」「同じくラヴィーニ商会を運営しておりますルイス・ラヴェニーニと申します」「同じく……」 ヘリオドールの街の北側にそびえ立つ公城の一室で、この領地を統治するヘリオドール公と、その隣にずらりと並んだ約10名ほどの商会関係者。 それに対して私は補助役にと連れてきたノヴィアが部屋の隅にいるだけで、何も知らぬ者がお腹を空かせた狼たちに、可哀想なウサギが囲まれているといってもいい状態。

「は、初めまして、アクア商会の代表を務めておりますリネアと申します」 若干声が震えていることは大目に見てもらいたい。 …………なんでこうなった!?

時を遡ること数日前、ヘリオドールの街を拠点とする商会と、交渉の場が設けられたとゼストさんから連絡が入った。 そして資料やらサンプル品やらを用意し、意気揚々と交渉に臨んだ私だったのだが、なぜか案内されたのは街中にある商会ではなく、領主様が居られるヘリオドール城。そして現在私の前にはそのご本人様と、名のある商会関係者が座られている。

あれ? 何かおかしいぞ?

「どうかなさいましたか?」「い、いえ、まさか領主様にまでお会い出来るとは思ってもおりませんでしたので……」 ここで少し注釈を加えたい。 このトワイライト連合国家はそれぞれの街や村が独立した国のようなものだと、以前説明したことを覚えて頂いてるだろうか。 例えばメルヴェール王国のように1つの国で多数の領地を保有している場合、領主は領主で商会は商会同士で交渉に向かい合うのが一般的。 それはこのトワイライト連合国家でも基本同じことなのだが、今回私が希んでいたのは商会同士の対等な取引。 アプリコット領との貿易はもともとアクアの領主様と、ヴィスタ達のご両親でもある伯爵様との取引を、アクア商会で受け継ぐことになったわけであり、カーネリンの領主様に会いに行ったのだって、関税の緩和や畜産関係の正当な取引を各商会に徹底してほしいと、ある種の直訴的な意味合いで会いに行ったもの。 つまり一商会の代表である私が、一地方を治める領主様と直接交渉に向き合える立場ではなく、しかも公国とつくこの地の領主様は、言わば貴族の中では最高の爵位と言われている公爵様とおなじ立場。 母国であるメルヴェールに居た時だって、おいそれと公爵様とお会い出来るような状況など、一度たりともなかったのだ。 そんな立場の人が、私のような小娘に一体だれが会ってくれると言うのだろうか。

「実を言うとな、前々から貴殿の噂を耳にしておってな。一度会いたいとは思っておったのだ」「私の噂、ですか?」「うむ」 領主様が言うには、アクアの村でそれはもう美味しいとの噂の定食屋があり、見たこともないソースやらスパイスやらで味つけられた魚料理は、一度口にしたら忘れられないんだと、このヘリオドールの商会でも大きな噂になっていたのだとか。 そんな噂話しを耳にしていた矢先、等の本人が鮮魚やら未知の調味料やらを携えてやってくるというのだから、ここは是非直接会ってみたいと思ったのだという。

「そうだったのですね……」 私はこの後に続く『てっきりアレクが……』、と言う疑惑の言葉を心の中で払い落とす。

「それにしても名のある商会関係者様に、こうも集まっていただけるなんて……。こちらは僅か数十名程度の小さな商会なものでして、てっきりどこか一つの商会をご紹介いただけると思っておりましたので……」 領主様を抜きにしても、このメンツを前にすると流石の私も尻込みしてしまうというもの。 こちらは出来立てホヤホヤの弱小商会。一方あちらはこのヘリオドールを代表する大手の商会。 この場で何か失礼な事でもすれば、取引が上手くいかないどころか下手をすれば今後の商会運営にも影響してしまう。 ここは慎重かつ、相手の気を惹き付けるような交渉を進めなければならないだろう。

「そう謙遜されるな、其方の噂は商人達の情報網から話は伺っております」「そうですね。未知なるスパイスや料理、それだけでも目を引くと言うのに、どこか一つの商会で独占されては勝負になりませんよ」「そういう事です」 なるほど。どこでどう情報が漏れてしまったかは知らないが、アクア商会で密かに進めている、マヨネーズやソースといった調味料が伝わってしまったのだろう。 しかもその商会を動かしているのが、巷で噂になっている定食屋の娘だと分かれば、『きっと何かをやらかすぞ』とでも思われても仕方がない。 この辺りは流石情報が命とも言われている商人達と、感心するとしか言わざるを得ない。

「わかりました。それでは皆様、本日はどうぞよろしくお願いいたします」「了解致しました。それでは早速お話を伺いたいのですが」 改めて気合を入れ直す私を待ってくれていたかのように、商会グループの代表を務めるトリスターノ商会のアランさんが口を開く。 私は小さく深呼吸をし……。「それでは始めさせていただきます。まずは本日お持ちしましたサンプル品をご覧ください」 集まって頂いた商会代表の人たち相手に、私はたった一人でプレゼンを始めるのだった。

「これはまた、とんでもない物を……調理場を貸してくれと言われた時は、正直我の耳を疑ってしまったが、いやはやこれ程の物を見せられるとは思ってもいなかったな」「そうですね、城にいる料理人達も、口を挟む余地なくただ従わざるを得なかったと申しておりました。リネア様は料理人としても一級品のようです」「私もここまでの物が出てくるとは予想しておりませんでした。下手をすれば食の文化が一気にひっくり返りますよ」「ですがこれでは料理人の方の技術が追いつきません」 領主様を含む、集まった商会を代表する人たちが各々思った事を口にする。 現在目の前のテーブルに並べているのは、ビン詰されたソースやらスパイスやらの数々の調味料。 そしてそれらの調味料を使った魚料理や肉料理、新鮮野菜を盛り付けたサラダには各種のドレッシングを用意し、僅かばかりではあるが口直し用のスイーツまで用意させてもらった。

いやぁ、流石にこの量の料理を作るのには苦労したわ。 お城に備え付けの料理場を借り、ノヴィアと料理人さん達の手を借りながら二時間ほどかけて全て作り上げた。 まぁ、下ごしらえなどある程度は仕込んでおいたが、それでも冷めないようにと同時に仕上げ、盛り付けまで済ませるには流石に大変だった。 お陰で領主様を含め、集まっていただいた商会関係者の人たちからの評判はいいようで、各々好感触の言葉が飛び出している。