第44話 迫り寄る影 (1/1)
「旦那様、ベネディクト商会からの書状が届いております」「はぁ。またか……」 ため息をつきながら執事のハーベストが持ってきた手紙を受け取り、封を開けずに書類の束の上へと積み重ねる。おそらくオフェリアかエレオノーラが購入した支払いの催促であろう。 ただでさえ、今のアージェント家の家計は火の車だというのに、新しいドレスが欲しいだの、新作のアクセサリーが欲しいだのと好き勝手に買い物をされ、とうとう領地運営にも支障が出始めてしまっている。 おまけに親せきどもが領民の声を聞いただのと言いだし、私が爵位の座にふさわしくないだのと言う輩まで出てきおった。 今までは自分の店を支援をしろだとか、金を寄越せだと散々言い寄って来たというに、いざこちらの状況が変わってくるとあっさりと手のひらを返して来る始末。
まったく、本当に昨年からロクなことが起こらない。
「ハーベスト、すまんがこの手紙をフェルナンド侯爵の元へと届けてくれ」「畏まりました」
書き留めていた手紙を封筒に入れ、蝋印で開かないように封をする。 相手先はウィリアム王子の母親である、ベルニア王妃の実家。 現状はまったく進展していない二人の婚姻と、今後どのように周りを納得させていくかの相談だ。
一時はエレオノーラとウィリアム王子との婚姻が良いところまで進んだのだが、二大公爵家の一角でもあるウイスタリア家が出てきた事で全てが狂ってしまった。 今は辛うじてエレオノーラが王子の心を射止めているが、それも怪しい雲行きである事もまた事実。 詳しくはしらないがあのバカ王子は娘のエレオノーラとのデート中、事もあろうにブラン家のリーゼをめぐり、隣国の王子と取り合いをしたというのだ。しかも大勢の目がある中でだ。 それにより王子とエレオノーラとの恋人説を怪しむ声まで出てしまっている。
「くそっ、せめてリネアが計画通り侯爵家に嫁げていれば、多額の金が手に入ったかもしれないというのに」 落ちぶれたとは言え相手は王族の血を引く侯爵家。既に引退した老人だとはいえ、使い方次第ではどうにでもなる。 実際侯爵家に親族がいると言うだけで取引の信頼度を得る事ができるし、生活の金の一部をこちらに回させたり、遺産金のいくらかは流れてくるかもしれない。 それなのにあの小娘ときたら人知れず、妹を連れて屋敷から姿を消してしまいおった。
結局進めていた婚姻は全てが白紙。先方からは違約金どころが家出をした娘に悪い事をしたと、心配する言葉まで出てしまい、今更連れ戻したところで二度と婚姻の話は浮上しないだろう。
「せめて何処かからか金の融通ができればいいのだが」 もともと鉱山の採掘で成り立っていたアージェント領だが、ここ近年で一気にその採掘量を減らしてしまい、今では賃金を支払うだけで精一杯。 人を減らせば新たな仕事を求め他領に流れるわ、人が減れば領地収入が減るわで悪循環の一途をたどる始末。 そして昨年より病床に入っておられた陛下が、今年に入りとうとう亡くなってしまった事で、ますます金の流れが悪くなった。
これが何の問題も抱えていない国で、しっかりとした後継がいればこうはならなかったのだろうが、もともと国民からの不満の感情が溜まっている上に、あのバカ王子が後継となると、賢い商会ならば今は耐え、金を回さず保身のために抱え込むのは当然の行為。 最悪王都から逃げ出したり、他国へと逃れる者も出てくるかもしれない。 そうなればこの国は……
「はぁ……」 考えれば考えるほど悪い方向へと考えてしまう。 金の融通にしろ、今のこの状況では知り合いからも貸してもらえないだろうし、返せる見込みも見当たらないのが現状だ。 せめて貴族との繋がりを欲している商会に、リネアとその妹を売りつけられれば見返りも入ってくるのだろうが、肝心の姉妹の居場所がわからないのではどうしようもない。 いっその事、姉妹がいる事を装って強引に婚姻を進めるというのも手ではあるが、商人達の情報網が侮れないのもまた事実。
現状、打つ手なしということか……
コンコン「なんだ?」 部屋で一人、頭を悩ませているとメイドの一人がやってきた。
「実は旦那様にお会いしたいという者が訪ねてまいりまして」 一瞬、呼びに来たのがハーベストではない事に疑問を浮かべるも、先ほど使いに出したばかりの事を思い出す。
「相手はだれだ?」「それがその……、屋敷に出入りしている商人でして……」「なに?」 来訪者を聞くなり呼びに来たメイドを睨みつける。 ハーベストがいればまず間違いなく自分のところで対応するような内容。どこの世界に商人風情が貴族の当主に会えると言うのだろうか。 若干苛立ち気味に「追いかえせ」と告げるが、如何にメイドであれこのような非常識がわからないはずもない。 ならばその商人が、何か自身の金になるような情報をチラつかせながら、強引にアポを取ろうと試みているのではないだろうか。 私はすぐに考えを改め……
「まて、その商人は何て言っておった?」「それがその……旦那様に買っていただきたい情報があるだとかで……」 やはりそうか。 ハーベストがいればそのような怪しい輩を通しはしなかっただろうが、一介のメイドでは判断に戸惑ってしまったのだろう。 一体どのような情報を持ってきたのかも興味があるし、場合によってはこの最悪の状況を打開する手立てになるかもしれない。
もしこれで私に有益な情報でなければ金を払わずに追いかえせばいいし、有益な情報ならば小銭を握らせておけば満足もするだろう。 それに正直、商人達が仕入れてくる情報は案外バカにできないのも知っている。
さて、一体どのような情報を持ってきたのか。 私は逸る気持ちを内に抑え、威嚇するような態度で向かい入れるのだった。