第49話 第三の難問 (1/2)
「ふはぁー、やっと片付いたぁー」 今年に入り仕事山積み、問題山積みが続いていたが、ヴィスタやヴィル、アレクや大勢のスタッフさん達のお陰もあり、ようやく山のように積まれていた書類が綺麗サッパリ机の上から姿を消した。 いやぁー、自分で言うのもなんだけどここまでホントよくやった。私は基本現場で動くタイプなので、机の上での作業というのは正直あまり得意ではない。 それでも人並みに熟せているのは偏に前世の知識があってからこそ。そうでなければちんぷんかんぷんで頭が沸騰し、今頃熱を出して倒れていたのではないだろうか。
「お疲れ様ですリネア様」「ホント疲れたわよ」 私の秘書兼メイド役でもあるノヴィアが、処理を終えた書類を片付け、労働を労う為に温かいお茶を用意してくれる。
「外は寒そうね」「そうですね、この辺りも冬は薄っすらと雪が積もるという話ですので……」 外を眺め、何気なく出た独り言にノヴィアが合図打ちを打つかのように返してくれる。
「雪かぁ、そういえば最近全然見ていなかったわね。大丈夫かしら……」 この世界の気候がどのようになっているのかはよくは知らないが、少なくともメルヴェール王国にいた頃はあまり目にする機会は少なかった。 話によるとメルヴェール王国でも南の海沿いや、国と国との国境沿いは多少降るそうだが、平地の多い内陸部では滅多に積もるようなことはないらしく、私も生まれてから雪を見たのも数回程度だろう。 だけど今私が心配しているのは雪の問題ではなくあの子の状況、電話やメールがないこの世界では連絡の取りようもないのだけれど、半月近くも姿をみないとさすがに嫌な想像をしてしまい、不安と恐怖で心がしめつけられてしまう。
「大丈夫ですよ、アクア様は水と氷を司る精霊。冬の寒さなどものともされませんよ」 あえて言葉には出さなかったが、私が誰のことを心配しているかがわかっていたのだろう。 ノヴィアが私を励ますよう、暖かな声をかけてくれる。
実は現在アクアは私の元にはいない。 別に精霊契約を取り消しただとか、喧嘩をして絶賛家出中だとか、決してそういった悪い理由ではなく、私が抱えている3つの難問の一つを解決する為、一人アクア村の東側に聳え立つクルード山脈へと出かけている。
ーー 半月前、ハーベストが訪れたあの日の事 ーー
「えっ!? もしかしてリネアちゃん、それを引き受けちゃったの?」「仕方ないでしょ、再三説明はしたんだけれど双方の利益に繋がるから一度考えてくれって、強引に話を進められちゃったんだもの」 あの日、ヘリオドールの公王であるガーネット様にお願いされた案件。 二つの領地を結ぶ街道を作るため、最大の問題でもある岩山をどうにかしてほしいと頼まれてしまった。 どうやらガーネット様は私がアクアと精霊契約をしていることを耳にし、その力を使って岩を砕くなり、トンネルを掘るなりしてほしいのだという。
まったく私は便利な掘削機じゃないと言いたいのが、相手は最大の取引相手になるわけだし、今後の事を考えてここで大きな貸しを作っておくのは、アクア商会にとっては願ってもないこと。 それに道路整備の費用や人員の問題等も、すべて彼方が持ってくれるというのだからこれほど美味しい話はないだろう。 ガーネット様からすれば、先代方が挑戦し続けてできなかった事業が完遂できる訳だし、難問とされ続けてきた街道問題を解決したとして、その名を歴史に残せる事になる。 つまりは街道整備にかかる費用を天秤にかけたとしても、是が非でもこの事業を成功させたいと思っているのだ。
「だからと言って、精霊の力で何とかできるとは思わないで欲しいのだけれど」 私だって最初は大量の水で岩を砕くなり、ドリルのように岩に穴を開けれるんじゃないかと期待した事もあった。 アクアの話では私は結構な魔力とやらがあるらしく、精霊契約を終えた私にはアクア以上の魔法が使えるそうなのだが……
「まさか水がない場所では無力だなんて、聞いてなかったわよ……」 全く無から水や氷が出せないという訳ではないが、巨大な岩や岩山を砕こうと思えば近くに大量の水が必要なのだという。 まぁ、普通に考えればそうなるわよね。 大気中に漂っている水素と酸素を混ぜ合わせれば水はできるが、水源がない場所で水を生成しようとすればその量も限られてしまう。ならば雨の日を利用すればとも考えたが、雨水はすぐに地面に吸い取られる上、岩を砕くほどの量ともなれば数時間は魔力を使い続け、ズボ濡れになりながら必死に水をかき集めなければならない。 しかも掘削中、水はほぼ使い捨て状態となってしまうので、すべてを岩を処理する頃には、私はおばあちゃんになっている可能性だって否定できないのだ。ちょっといいすぎ?
つまりは水の力では現状解決させる方法がないという結論にいたった訳だ。
「とまぁ、そんな感じで頭を悩ませている訳」「話はわかったけれど、この後どうするつもり?」「それが全くいい案が見つからず……。ガーネット様もまずは試してくれと言われているだけで、成功の可否までは求められてはいないけど、さすがに全く歯が立ちませんでしたとは言えなくてね。こうして何かいい案がないかと皆んなに相談しているのよ」 若干『なに無茶な問題をいくつも引き受けてるんだよ!』という、冷たい視線を感じないでもないが、一ヶ月経っても全くいい案が浮かばないのだから、あの時依頼を引き受けなかった方が正解だったのかもしれない。
「精霊の力ですか……?」「そうなんだけど、何かいい方法があるかしら? ハーベスト」 困った時はハーベストに泣きつけ。 今までも私が窮地に立たされるたびに救ってくれたスーパー執事。もしかしたら何かいい案をくれるのではないかと期待し、恥を忍んで彼が運良く訪れたタイミングで暴露したのだが……。
「まさかとは思いましたが、ここに来て精霊と契約までされておられたとは……。相変わらず私どもの常識をことごとく砕いてくださいますね」「「ひぇ!!」」 ハーベストが掛けているメガネをクイッと上げ、お説教モードの鋭い視線を注いでくるので、思わず私とアクアまでもが怯え思わず正座の姿勢を取ってしまう。
「はぁ……、毎回毎回毎回リネア様には驚かされてばかりですが、今回ばかりはまぁいいでしょう。お近くで私どもが守れない状況ではこれほど頼もしい存在はありませんし、アクア様のお陰で商会が成り立っているというのでしたら、むしろ歓迎すべき事なのですから」「そ、そう言ってもらえると助かるわ」 若干額から流れ落ちる冷や汗が止まらないが、とりあえずのお説教タイムは回避できたようだ。
「それで何かいい案とかないかしら? 些細な事でもいいのよ、それが閃きに繋がるかもしれないから」「そうですね……」 そう言うと、ハーベストが腕で顎を支えるような姿で考え込む。 今の私は一つの事に囚われすぎており、周りの様子が見えていない状態なので、ここは第三者でもあるハーベストに何かいい案がないかと期待したのだが……。