第59話 なんで知ってるの!? (1/2)
「これじゃ全然ダメね、赤字ではないけれど出費が多すぎるわ」 アクア商会に設けられた私専用の執務室で、届いたばかりの資料に目を通す。 全体的に出荷量や生産量は増えているが、同時にある項目の出費がずば抜けてハネあがっており、結果を見ると僅かばかりの収益に留まっている。 これが普通の商会ならばいいのだが、アクア商会の収益はそのまま村の資産へと反映されるため、このままでは村の開発事業に響いてしまう。 せめて今尚流れ続けている難民への救済金さえなんとかなればいいのだが……
「やはりカーネリンの通行税が目立ちますよね、受付班で輸送ルートを選定してはいるのですが、ここ最近は急ぎの案件ばかり舞い込んでしまいまして……」 私が漏らした言葉に、資料を届けてくれたココアが申し訳なさそうに謝罪してくる。 彼女が言う急ぎの案件とは、アクア商会で取り扱っている鮮魚や調味料の数々。 最初はヘリオドールの街を中心に出荷をしていたのだが、噂が噂を呼び、近隣の街やトワイライトの内陸部からの注文が入り、我先にと注文が殺到してしまったのだ。 商人とは如何に売れる商品を仕入れ、真っ先に市場へと流す目利きと手腕がものをいう。当然ヘリオドールのような大きな街は、他の多くの商会から注目されている訳であって、そこで売れている商材ともなれば、何処よりも先に仕入れようとするのは当然の流れであろう。 このことはアクア商会にとっては嬉しい事なのだが、急ぎの案件ともなると例の問題がどうしても浮上するのだ。
「仕方がないわ、メルヴェール王国を経由させるルートじゃどうしても輸送に時間が掛かってしまうもの。生産の方にこれ以上負担をかける訳にはいかないし、現状の予算じゃ規模の施設拡大も難しいわ。今は我慢するしかない……といいたいのだけれど、現状は正直厳しいわね」「……ですよね」 ココアたち受付班には、アクア商会の経理と村の経済状況を一手に任せてしまっており、現在この村が置かれている事情を一番理解させてしまっている。
現在アクアで問題となっている事案、それは私の故郷でもあるアージェンド領からの難民。 戦争が終わったのだから『そろそろ国へ戻ってもいいんじゃない』、と思うかもしれないけれど、例のバカ王子の作戦でアージェンド領の主要な街は全て焼け野原。おまけに領主である叔父は臨時予算さえ食い潰しており、復旧が全く進んでいないのだという。 そんな状況がこのアクアにも流れているのだから、今すぐ戻りたいと言う人はそうそういないだろう。 そのため現在このアクアでは救済の為の臨時予算を組み直し、支援へと乗り出しているのだ。 お陰で予備費にと確保していた資金や、非常時の為に用意していた備蓄品などが湯水のように減り続けてしまっている。 「はぁ、まったく頭が痛い事ばかりね」 ヘリオドールへの街道はまだ時間が必要だと聞いているし、カーネリンの領主への書状もまったく受け取ってもらえないでいる。こんな状況がこの先も続けば、いずれこの村の資金は底をついてしまう事だろう。 せめてカーネリンへの街道使用料問題さえ片付けば、すべては丸く収まるというのに。
「リネアさん、一度気晴らしに外へ出て行かれてはいかがです?」「外へ?」 突きつけられた現実と資料に頭を悩ませていると、ココアが意外な提案を投げてくる。
「はい。最近はずっとお部屋に篭ってお仕事ばかりされていますので、息抜きのつもりで街の様子を見に行かれてはと思いまして。最近は人も増えたので随分と活気が出始めているんですよ」 思い返せば先日、お屋敷のメイド達がそんな話をしていたわね。 彼女達にとってもこの地に来てそんなに日にちが経ってはいないが、この二ヶ月で急激に賑わいが出ているのだとか、そんな話を楽しそうに話していた。 一応ブラック企業にならないよう休みは定期的に入れているので、休日を利用してアクアの繁華街にでも買い物へと出かけてでもいるのだろう。メイドとはいえ彼女たちも私と同じ年頃の女性、ファッションやらお化粧品やらに興味を持っているだろうし、街へ出かけてウィンドショッピングだけでも楽しめる。
アクア商会では現在輸送先から戻る際、現地の商会を通して特産品などを仕入れているので、この地にには様々な品が集まっている。 基本は近隣の街や村、隣国のメルヴェール王国へと出荷しているのだが、中にはアージェンド領から流れてきた者が、この地で商売でも始めているのだろう。
ただここ出てきた問題が一つ。 このアクアでは大人数を受け入れられる施設なんてないので、アージェント領から流れてきた人たちのために、村の中心地ともいえる地区の空き家を無償で貸し出してしまっている。 もともとゴーストタウンと成り果てた地区なのだが、歴史と構造的な年数を見れば明らかにこちらの地区の方が立派で、そんな家を無償で貸し出している上に食事や衣類などの援助をしているので、納得がいかない者も出てきているのだ。 今はまだ問題らしい問題は起こってはいないが、私の元にも不満を漏らしているという話がチラホラ届いている。
「そういえばココアはこの村の生まれなのよね? その……私が勝手に他国の難民とかを受け入れちゃって平気なの?」「平気ですよ。あの人達だって好きでこの地に流れてきた訳じゃないんだし、困っている時はお互い様。それに遠くの地だというのに、リネアさんを頼りにやって来られたんだから、追い返す訳には行かないじゃありませんか」「えっ、私を頼りに?」 えっ、それってどういう事? 私がこの地にいる事はもちろん、アージェント家の人間だという事は誰にも話した事はない。 それなのにアージェント領の領民が、私を頼ってこの地にやってくるなどあり得ないんだけれど……。
「もしかしてご存知なかったんですか?」「ご、ご存知って、一体何の話?」 紅茶を片手に出来るだけ平静を装いつつ、ココアの話に探りを入れる。 別に一族から完全に離れているのだから怖がる事でもないのだが、見方を変えれば他国からのスパイとも捉え兼ねない。 そんな事実は欠片もないのだが、もし噂が噂を呼び、トワイライト国内にでも広まれば、望まない問題の一つや二つは湧き上がってしまうかもしれないだろう。 なので、私がメルヴェール王国のアージェント家の人間だという事は、ずっとひた隠しにしてきたのだ。
「リネアさんって、メルヴェール王国の貴族のご出身なんですよね? だから……」 ブフーーーーッ!!! なんの前触れもなく出てきた爆弾発言に、口に含んでいた紅茶を盛大に撒き散らす。
まってまって、私が元貴族だなんてこの地に来てから一言たりとも口にした事はないわよね? ノヴィアやリアが話すとも思えないし、お屋敷で働いて貰っているメイドさん達にもその辺りは徹底していたので、私サイドから漏れ出た事ないだろう。それなのになんでこの村出身のココアが、私が元貴族だなんて事実を知っているのよ!
「あー、もー。資料が汚れてしまうじゃないですか」 焦りに焦りまくっている私に対し、ブツブツと文句を言いながら飛び散った水滴を拭き取ってくれるココア。
えっと、ごめんなさい……って、そんな話じゃなくって。