第60話 街の様子 (1/2)
ざわざわ ココアに勧められるまま、何気にぶらりと出かけたのだが、久々に訪れた光景に半ば呆然。 ほんの数ヶ月前までほどんど人を見かけなかった繁華街だというのに、今はあちらこちらで露店が立ち並び、それらを買い求める人たちであふれ返っている。
確かにこのアクアでは多くの難民を受け入れたが、まさかこの短期間でここまで馴染んでいるとは思ってすらいなかった。 私としては一時的な避難場所になればと空き家や空き店舗を提供したのだが、いつの間にか彼らはそれらを利用し、いち早く自立するために各々仕事を見つけ始めている。 いずれこの地を第二の故郷にしてもらえるなら、家賃や税金といったものを考えなければならないだろうが、今は純粋に新たな生活へと進んでくれていることに嬉しささえ覚えてしまう。
「それにしても凄いわね。話には聞いていたけれど、まさかここまで人があふれているとは思ってもいなかったわ」 私も少し前まではこの辺りで店を出していたのだが、今は住まいを街外れへと移し、ひたすら屋敷と商会との行き来しかしてなかった。 しかも贅沢だと言っているのに、『一介の領主様が徒歩で通うなどあり得ません』だとか言われてしまい、私はおろか妹のリアの登校まで馬車で通う有様。 私としては日頃の運動不足にいいと思っているのに、ここ最近は一人で散歩すら行かせてもらえなかったのだ。 そう考えるとこの自由に過ごせる時間をくれたココアに、感謝しなければならないだろう。
「よぉ嬢ちゃん。新鮮な果物が今朝大量には入ってよ、ちょっと見ていってくれよ」 一人繁華街を歩いていると、軒先に野菜やら果物やらを並べたおじさんが、私に向かって声をかけてくる。
「へぇ、珍しいわね。これってカシの実じゃない、この辺りじゃ採れないって聞いていたのに」 私は赤く熟した実を手に取り、そっと顔に近づけ香りを楽しむ。 このカシの実は、私がまだアージェント領で暮らしていた頃に馴染のある果物で、収穫の時点では固く酸味が激しいのだが、2・3ヶ月涼しい場所で寝かせることにより、その実は柔らかく香りのある実へと変わる庶民的な果物。 あまり高級な果実でもなく、甘さも控えめということから貴族間では馴染のないものだったので、王都へと移ってからはまったくお目にかかることはなかったのだが、まさか生まれ故郷から遠く離れたこの地で出会えるとは思ってもいなかった。
「ほぉ、嬢ちゃん、カシの実を知っているのかい? ってことはあんたもアージェント領からの難民だな」 私の言葉に気を良くしたのか、何やら店主のおじさんが親しげに話しかけてくる。 流石にこの場で名乗る訳にもいかないので、とりあえずは適当に誤魔化しつつ話を合わせておく。
「がははは、どうだ懐かしいだろ? 故郷のアージェントはすっかり焼け野原になっちまったが、果樹園を営む村は無事だったようでよぉ。買取先がないって連絡を受けたもんだから、うちで買い取ってやったんだよ」 なるほど、この地では珍しいとは思っていたがそういう経緯で流れてきたのね。 確かにこの実ならば収穫後すぐに食べる訳ではないので、輸送の日数にも問題ない。価格は流石に地元と一緒という訳にはいかないが、それでも決して手が届かないものでもなく、比較的手が出しやすリーズナブルな金額といえよう。 それにこの実の最大の特徴は料理方法の多様性。
「いい香りね」「だろう? そのまま食べるもよし、ジャムやパイにするもよしで、いろんな食べ物に利用できる」「そうね、ジャムやパイにするのも迷っちゃうけどれ、私はやっぱり焼き菓子やマフィンに使ってみたいわね」 子供の頃、亡くなった母と一緒におかし作りにチャレンジした事を思い出す。 お世辞にも母は料理やお菓子作りが得意だったとは言えず、お屋敷で働いていたメイドさんたちがさり気なく手助けしてくれていた事を覚えている。
庶民出の母と貴族の父、小さいながらもお屋敷があり、そこで働くメイドさん達によくしてもらい、何不自由なく幸せに暮らしていたあの日の頃。 結局両親が亡くなってからは一度も戻る事が出来なかったので、暮らしていたお屋敷や、仕えてくださっていたメイドさんたちがどうなったかはわからないけれど、両親のお墓前りすら出来ていない私はなんて恩知らずなのかと、改めて感じてしまう。 そんな懐かしい思い出と、僅かながらの罪悪感を感じながら世間話をしていると、カジの実の香りに引き寄せられた人たちが、自然と店の周りに集まり始めていた。
「おや、懐かしわね。もうカシの実が並ぶ季節になるのね」「何言ってんだい、まだこの地に来てから3ヶ月ほどしか経っていないじゃないかい」「そうは言っても国に帰っても家はないし、食べるものだってありゃしないじゃないかい」「そうそう、今の領主様は俺たちにゃ何一つやっちゃくれねぇ。風の噂じゃ領地の復興もまったく進んでねぇって話だ。一体あの領主様は王都で何をやっているんだか」 ざわざわざわ。
やはり誰もが故郷を失った不安と、何もしない叔父に対して怒りを感じているのだろう。 どこの世界でも復興はその地、その土地を治める者が主導ではじめるもの。もちろん国からの支援金や支援物資は割り振られるのだろうが、基本はその地を治める権力者が普段から蓄え、いざという時に支援や復興に取り掛かるものだ。 だが残念な事に、現在のアージェント家ではそれらの緊急費を叔母と義姉が使い切ってしまっており、更には避難のためにと領地を離れた人たちが、今現在も戻らない始末。そのため復興を行うための人すら集まらないのだという。 『復興が進まないから人は戻らない』、『人が戻らないから復興が進まない』と、叔父がおかれた状況は相当苦しいものなのだと、ハーベストからの手紙にはそう書かれていた。