第68話 断罪という名の(3) (1/2)

「……どういうことかしら? 私に辞めろと言うのは」 私は冷静さを保ちながらシトロンの出方を伺う。

「私を含めここにいる24名は本日付けで貴女の退陣を求めます」 この時私の心に鋭い何かがグサリと突き刺さったような痛みを感じる。 予想外の展開、予想外の人数に私は必死に平静を装うが、心臓は不安と恐怖で破裂寸前。 もしかして私のやり方が間違っていた? 良かれとおもって行ってきた改革が間違っていた? ココア達は大丈夫だと言っていたが、それがこの地に暮らす全ての人たちの声だなんて勘違いをし、勝手に舞い上がっていただけではないのか? そんな数々の不安が私の心を押しつぶす。

「理由を……、理由を聞いてもいいかしら?」「貴女がトップでは商会をダメにし、我々スタッフ達も満足なパフォーマンスができないと判断したからです」「それは……どう言う意味かしら?」「わからないのですか? 私は散々貴女に警告していたはずです」 警告? 私はシトロンが過去に発言していた言葉を思い出す。

うーん、何かあったかしら? 不安と恐怖で心が押しつぶされそうだが、私は必死に頭を回転させて彼の発言を思い出す。 だけどそれらしい言葉は何一つ思い出せず、一人必死に悩んでいるとシトロンは『はぁ……』と深いため息を付きながら、私に……というより、自身の後ろに控えるスタッフ達に言い聞かせるよう、大げさに身振り手振り振いながら説明し始めた。

「そんな事すら分からないのですか? やはり貴女は愚かで無能の経営者、いえ、くだらない領主だったという事です」 普段のシトロンを知る者として今の彼とのギャップに苦しむが、目の前にいる人物は間違いなく私たちが知るシトロンと同一人物。まさか双子なんてオチはないだろうし、他人の空にという事も当然ない。 何時もならどこか弱々しい性格の中に、力強い意欲を見せてくれているのだが、今の彼からはそういった雰囲気は一切感じず、どこぞの教主様とも思える演説で私の事を罵り続ける。 これは私個人の感想だが、シトロンは私一人を悪と決めつけ、自分の考えに賛同したであろうスタッフ達に自分たちは『正しい』、『何も間違えている事など何一つない』とでも思わせているのではないだろうか。

私としては反省するべき点はあるものの、商会の運営も、また領地の管理も間違えているとは思っていないが、彼の中ではそれら全てが過ちだと判断しているのだろう。 恐らくこれが彼の本当の姿。外見とその能力しか見てこなかった私は、ものの見事に騙されていたというわけだ。

「いいですか? まず一つ目、経営に関する無能な手腕。私が再三にわたって賞味期限表示の撤回を求めていましたが、貴女はガンとして自分の考えを変えなかった。剰えありえない病気だウィルスだと食の危険を訴え、スタッフ達に不安と重責を与え続けた。分かっていますか? 製造に関わるスタッフ達がどれだけ神経を尖らせていたかを。知っていますか? 規格にそぐわないと廃棄されてしまった食材たちを。それらを全て有益に使えてさえいれば、新人スタッフ達の不足賃金を賄えな事に。わかっていますか? 貴女の無能なせいで商会が成長を妨げ続けていた事に」 やれやれ、ここに来てまでこんな話を聞かされるとは思ってもみなかった。お陰でどんな罵りを受けるかという不安が吹き飛び、冷静な感覚が徐々に蘇ってくる。

シトロンの事だからどんな話を聞かされるのかと身構えていたのだが、彼から出てきた言葉はどれもリスクマネジメントを想定しない無知な経営。 相手が権力に逆らえなかったり、弱みを握られて従うしか出来ない立場ならいざ知らず、一般の消費者を求めるならば必ずどこかでしっぺ返しを食らうことだろう。 私に言わせればそこまで製造に神経を使ってくれていたのだと感謝したいし、一人一人に私の言葉が届いていたのだと嬉しくさえ思えてくる。 この世界では加工食品や、アクア商会で製造している調味料たちは馴染みがない。そのため加工の工程でどんな危険な異物が混入されるかなんて、まるで理解していないのだ。 もともと存在していなかった加工食品だから、起こりうるであろう問題が分からないのだが、未来が想定出来てしまう私には対策を無下にする事など出来る筈がない。 もし材料として扱う家畜や鮮魚が蝕ばまれていたら? もしスタッフの誰かが悪い菌を持ち込んでいたら? ただでさえ情報伝達と医療技術が発展していないこの世界では、一歩間違えれば大惨事にさえなりかねない。 その説明を散々してきたと言うのに、現場チーフでもある彼にはどうやら私の気持ちは届かなかようだ。

アクア領地はその半分を海に面する環境。当然そこには海鳥の飛来や猛毒を持った魚類もいる。 彼が言っている規格外の食材が何を指しているかは知らないが、元々は生鮮食材として販売出来ないものを使用しているのだから、形が良し悪しの理由では廃棄する事はない。 さすがに日数の経過した物や、食材そのものが腐敗していれば廃棄するよう指示を出しているが、まさかその事を言っているわけでないと信じたいところだ。

「言いたいことはそれだけかしら?」「いいえ、まだあります。こんな小さな村に多くの難民を受け入れた件。街道の使用料を浮かすため、輸送者に過大な負担をかけている件。商会の運営費を領地開発へと回している件。そして何より納得ができないのが、貴女という女性がこの地を治めていること。知らないとは言わせませんよ、貴女がアージェント領の人間だということを」 なるほど、彼の口ぶりからすると既に私のことは調べ尽くされているとのことだろう。 もしかすると後ろに隠れているケヴィンが、先日の腹いせに面白可笑しく話したのかもしれないが、私が元貴族だという事実は多くの住人に知られているわけだし、今更彼だけ知らないということもありえないだろう。

「確かに私はアージェント伯爵家に関係する元貴族よ。そのことを隠すつもりはないわよ」 本当は問題が大きくなるのが怖くて黙っていたのだが、ここは面白可笑しく私の生い立ちを話したであろう前領主様に感謝しつつ、自分には後ろめたい事は一切ないんだと胸を張って言い切る。

「よくも堂々と……、貴女が貴族の役割を放棄しなければ、ここにいる人たちは家を失うことも帰る場所をなくす事もなかった。それなのに自分だけ早々に逃げ、この地で新たな領主として君臨している。そんな生き方をして貴女は恥ずかしくないんですか!」(……あれ?) 一瞬シトロンから出た言葉の内容に僅かな違和感を覚える。 私を罵るのだからそれなりに経歴を調べただろうに、今耳にした内容は少々時系列がかみ合わない。 母国が戦争に突入したのは今年に入ってからだし、王都が怪しい雲行きになってきたのは、誕生祭が開催されたという昨年の夏頃だと聞いている。 もし私がその誕生祭があったとされる後にこの地へと来ていれば、争いごとを恐れ一人逃げ出したと思われても仕方がないが、残念な事に私達がやってきたのは昨年の春頃。その当時噂になっていたのは、精々リーゼ様とウィリアム王子の婚約破棄程度の筈だった。 まぁ、それだけでも十分な騒ぎだった訳だが、今すぐ国がどうこうなるという話にはなっていなかった筈。 それなのに私が逃げた? もしかして私の噂が悪いように広まっているのかと思うも、アージェント領からやってきたマルチナも私が伯爵家を出た時期を知っていたし、先日見た街の様子だって私が王都の情勢云々で逃げたとは思われていなかった。

……これはどういう事かしら?