第79話 ピンチ? いえ、平和です (1/2)

「うっ〜〜〜ん、今日もいい天気ね」 窓から見える冬の合間の青空に向かって大きく背伸びを一つ。 時と言うのは流れるのが早く、私がこのアクアに来て二度目の新年を迎える事が出来た。

思い返せば何もない状態から小さな定食屋を始め、あれよこれよと村の問題に関わっていたら、いつの間に領主にまで祭り上げられてしまったが、振り変えればずいぶん充実した日々を過ごせたのではと、今ならそう感じてしまうから不思議なものだ。 私が王都にいた頃は、毎日が夢も希望もなくただ飼われているような状態だったが、このアクアに来てからは忙しながらも楽しい日々の繰り返し。中には大変な目や酷く落ち込む時もあったが、あの日あの時の選択は間違えてなかったのだと、今なら自信をもって言えるだろう。

「お疲れ様ですリネア様」 書類仕事の合間、ノヴィアが労いの言葉と共にお茶を淹れてくれる。

「ノヴィアもお疲れ様。結局お屋敷の仕事と商会の仕事の両方をさせちゃってるわね」 家族のようにずっと一緒にいるノヴィア。本当はメイドの方が本業なのだが、商会の立ち上げからずっと私の補佐をしてくれている関係、今では商会に必要不可欠な存在となり、お屋敷に帰れば私の身の回りのお世話をこなし、商会に居れば私の補佐をしてくれるという、大変忙しい日々を過ごさせている。 本音を言えばお屋敷の仕事は休んでくれてもいいのだが、私のお世話は自分がやると本人たっての希望なので、無理をしない範囲でお願いしているのだが、主人としてはそろそろ女性としての幸せを見つけて欲しいとも考えている。 まぁ、こんな事を言えば私の結婚うんぬんをカウンターで貰ってしまうので、口が避けれも言えないのだけれど。

「それにしても平和ね」 商会の運営は至って順調、領地の方も確実に活気付き始めているし、付き合いの少なかった近隣の村々との交流も確実に広まっている。 ホント昨年の騒ぎは一体何だったのだと思いたいぐらい平和なのだ。

「これも日頃の行いが良いからなのかしら?」「何を馬鹿な事をいってるんですが、これもリネア様の狙いがズバリ当たったからではありませんか」 私の軽いギャグをバッサリとぶった斬ってくるノヴィア。 一応私はご主人様なのだけれど、さすがに馬鹿は……、いえ、なんでもないです。

3ヶ月ほど前、ヘリオドールとアクアの街道が開通したのだが、私はこの気を逃さず温めていたある行動へと一気に移った。 それは内陸部では馴染みの少ない鮮魚の流通。 もともと海で取れる魚は、干物か塩漬けしか流通がないうえ、輸送面の難しさからも高額な商品となっていた。さらに調理法が焼きか煮付けるぐらいしかなかったのだから、その需要の少なさは言わなくとも理解いただけるだろう。 それを保冷馬車という輸送方法で徐々にではあるが認識を深め、アクア商会が扱う調味料で料理をする。 もちろんそれだけでは流通するわけもなく、私は各地方に声をかけ、数多くの料理人達を集めてきた。それが例の料理学校の始まりなのだが、この度その料理人達がめでたく卒業し、魚や肉料理のレシピを携え生まれ故郷へ帰って行ったというわけ。 今じゃ貴族や商家を中心とし、鮮魚を使った新たしい料理法が誕生したり、一般のご家庭でも気軽に楽しめるレシピが広まったりと、グルメの一大ブームが広がっている。

いやぁね、今までたいした収入にすらならなかった鮮魚達がですよ、彼方此方から注文が殺到し、連日漁師さん達はてんやわんや。 おまけに他の領地が真似しようにも保冷馬車ががないため、ほぼアクア商会が独占状態。もともとそうなるように調味料やらドレッシングやらを生産してきたわけだが、ここに来て需要が一気に広まってしまった。 おかげで商業ギルドから借り入れしていたお金も返済できたし、リゾート開発への資金繰りも随分と楽になった。 いまじゃアクアは食の発信地と噂が広がり、新しい料理人達がこぞって学びに来るわ、有名店が発展にあやかろうとアクアに店を出すわと、その賑わいを広めつつあった。

コンコン「どうぞ」「失礼します。頼まれていた資料がまとまったのでお持ちしました」「ありがとうアレク」 部屋を訪ねて来たのは現在私の片腕状態のアレク。 今のアクア商会があるのは間違いなく彼のお陰だと言っても過言ではないが、本人は未だ期間限定の契約社員。そろそろ本気でこの地に留まる事を考えて欲しいところではあるが、こればかりは強要する事も出来ず、彼の仕事ぶりに甘えている状態だ。

『いい加減アレクさんと身を固めてください。お二人がお互い意識しあっているのは皆んなしっているんですからね!』とはノヴィアの言葉だが、私とアレクはそんな関係じゃないんだと、説明する日々が続いている。

まったく、どこでどう漏れたか知らないけれど、幼い頃に二人は出会っていただとか、私がアレクのお母様の形見のペンダントを預かっているだとか、嘘ではない本当の噂が商会内に広まったせいで、スタッフ達からもからかわれてしまうのでたまったもんじゃない。

パラパラパラ。「聞いていた通り随分と極端な落ち込みをみせているわね」 アレクが持ってきてくれた資料を見ながら率直な感想を口にする。 私がいま目にしているのは、カーネリンの街にあるというオヴェイル商会の今の状況。 一時はシトロンが持ち帰ったレシピで一大ブームを起こし、ヘリオドールへの街道が開通したタイミングで一気に販売シェアを奪われたのだが、ある街で流行病が起こってから事態が一変。 一時は街の周辺が封鎖されたり、呪いだ天罰だとかで噂にはなったのだが、一人の医師が患者全員に共通するものを発見した事から原因が判明。 それがオヴェイル商会が手がけたマヨネーズだと聞けば、その売り上げを一気に減らす事となってしまった。

どうやら量産と共にコストを極限まで引き下げた事で、生産のどこかに問題が発生したのだろう。 はっきりとした原因までは追求されなかったのだが、衛生面・仕入面・人員面のどれを取っても、とても良い環境だとは言えなかったのだという。 結局この事件をきっかけに多数の不正が発覚。食中毒を引き起こした件は、最後まで原因追求出来なかった為に罪には問われなかったものの、脅迫まがいの仕入れから従業員への荷重労働、食品を扱っているにも関わらず、倉庫のような場所で生産され続けていたのだという。

今じゃオヴェイル商会は調味料部門は勿論、今まで行ってきた取引の数も急激に減らし、カーネリンの街でひっそりとその影を落とすまでに、下がり果てしまったと聞いている。

「それにしても助かったわ、風評被害をこちらまで巻き込まれたら目も当てられないからね」 下手をすればうちの商品までもが巻き込まれない、非常に危険な状態だった。 それを回避したのがヴィスタ作ってくれたアクア商会印のロゴマーク。 このロゴのお陰で別の商会だと見分けが付くし、保存方法や使用期限など細かく書いたラベルのお陰で、いまだこれといった問題を耳に済まずに留めている。