先生! 締切越えました!!(後編) (1/2)

── 十二月某日 晴──

「あー、うん。そう、だからさ、月末そっち帰るから。うん、先生も。え? いいでしょ? ちょっと、話したいこともあるし。……<ruby><rb>千鶴</rb><rp>(</rp><rt>ちづる</rt><rp>)</rp></ruby>と<ruby><rb>千明</rb><rp>(</rp><rt>ちあき</rt><rp>)</rp></ruby>になんか描いてほしいキャラいないか聞いといて。もうそっち着いてるでしょ? ……は? 母さんも? 図々しいって! 先生だって徹夜明けで……話聞けよ。まあ、頼むけど……。んじゃ、また連絡すっから」

編集社内のトイレ。俺はスマートフォンを仕舞い、ため息をついた。 頭をかこうとして、髪を切ったことを思い出す。そうだこの間、酔った白瀬さんに「邪魔くせえ」とハサミを持って追い回されたのをきっかけに、一気に短くしたのだった。……危うくこの歳でおかっぱ頭にされるところだった。 振り返ると、清掃員のお兄さんが帽子のつばを摘んで居心地悪そうにしている。

「あ! すいません!!」「……いえ」

掃除の邪魔をしてしまった。急いでトイレから逃げ出そうと彼の横を通ったとき、小さな声が聞こえてきた。

「──おめでとう」「え?」

聞き間違いかと思って顔を向ける。清掃員さんの首からぶら下がる銀のチェーン。そこには、どこかで見たことある指輪が通されていた。

「あー、先生、大丈夫ですか?」「なんとか……」

年末。<ruby><rb>雨宮</rb><rp>(</rp><rt>あまみや</rt><rp>)</rp></ruby>先生、いや、<ruby><rb>白瀬</rb><rp>(</rp><rt>しらせ</rt><rp>)</rp></ruby>さんは今年最後の締切を乗り越えた。

「これでなんとか……無事、行けますね」「おう」

俺と白瀬さんがおおおお、お付き合いを始めてからひと月が経過した。正直、あれからの日々は目まぐるしすぎて記憶が曖昧だ。白瀬さんは単行本作業と締切に追われ瀕死。俺の方も年末の多忙さに死にかけである。

「明日の朝、迎えに来ますね」「わかった。家族からのリクエストは?」「すみません先生、本当……」

俺達は明日から、実家に帰る。お付き合いを始めた報告をしに行くために。

「妹達はもう先帰ってるんで。車の中じゃ二人っきりですよ!」「……ふん」

──翌日、晴──

窓から見えるのはだだっ広い田畑。たまに池。朝に出発したから、昼前には到着するだろう。隣には白瀬さん。白瀬さんは緊張しているのか、なんの面白みもないのに外を見ている。

「緊張してます?」「まあ、そりゃあ……前とは、わけが違うし」

白瀬さんは俺の告白を受け入れて、前を向いてくれた。でもまだ、拒絶された恐怖は残っている。俺はハンドルから片手を離し、白瀬さんの手に重ねる。

「大丈夫です。もしなにか言われたら、貴方を連れてすぐマンションに帰っちゃいますから!」「思い切りが良すぎるだろ……ていうか、ちゃんとハンドル持て!!」

照れ隠しも素敵だ。

「本当に、大丈夫ですから。何があっても、俺は貴方の味方です。白瀬さん以外に、味方はしません」「……<ruby><rb>瑠璃川</rb><rp>(</rp><rt>るりかわ</rt><rp>)</rp></ruby>と俺が同時に別の場所で危険な目にあってたら?」「白瀬さんを助けます。迷う間もありませんよ」「思い切りが良すぎるだろ」

実際迷うことなんてない。

「だって見捨てたところで、瑠璃川先輩の場合は助けてくれる人、いるでしょ?」「……そうだな」

あの人の「結婚式」も、もうすぐだ。俺達がくっつくまでに、本当に迷惑をかけた。だからしっかりお返しをしたい。

「親切をしとくと、次は俺達に帰ってくるかもしれませんしね!」「アイツらに祝われるのは複雑だな……」

そんなこんなをしていたら、実家が見えてきた。もうそろそろだ。

「お帰りぃ<ruby><rb>千晴</rb><rp>(</rp><rt>ちはる</rt><rp>)</rp></ruby>! 雨音先……いや、雨宮さんもどうも。バカ息子がお世話になっております」「こ、こちらこそ……」

玄関を開けた途端の出迎え。母さんと白瀬さんは深々とお互い頭を下げ合う。そこそこのところで切り上げようとすると、妹達が走ってきた。

「雨音先生!! いらっしゃいませぇ〜!!」「早く奥へ来てくださいよ! そんなところに立ってないで!!」

きゃぴきゃぴと騒ぎながら先生を引っ張っていこうとする。

「おいこら! 先生困ってるだろ!!」「うるっさいお<ruby><rb>兄</rb><rp>(</rp><rt>にぃ</rt><rp>)</rp></ruby>! 何様のつもり!?」「編集様だ馬鹿野郎!!」

妹を小突きながら、白瀬さんに手を伸ばす。

「すいません、ホント言うこと聞かない奴らで……」

白瀬さんは笑いながら俺の手を掴んだ。板張りの廊下を歩く。

「ところで千晴。アンタ、話たいことがあるって一体なんだい」「ああ、うん」

もう、変にタイミングを見計らう方が面倒になる。俺は引っ張る白瀬さんの手を、目線の高さまで持ち上げた。

「俺達、付き合い始めたんだ」

その場にいる人達、俺を除く全員が、大きく目を見開いて驚いた。

「いやー、先生。お疲れ様です」「ほんっとうにお前は、考え無しだな!」