⑭招集に向けて (1/1)

それから倉庫を出た俺たちは、正面の浴室の前に立った。「お願い.......」そう呟いてコンはゆっくりとドアを開ける。しかし開いたドアの隙間から微かに漏れて来るのは、じっとりとした暖かい湿気だった。「やられた.......入られた」コンはそう言って悔しそうに浴室の中に入る。中には洗面台と脱衣所があり、小さな洗濯カゴや家人それぞれが使うシャンプーやリンスなどが棚に並べられていた。「やられたって、証拠が隠滅されたってことか?」そうよ、と言うとコンは家人のシャンプー、リンス類を入念に全て手で触っていた。「なんでそんなもん触ってるんだ?」「濡れてないか確かめてるの、最後の希望よ。まあ、それもダメだったけど。少なくとも犯人はこの場所に踏み入られる可能性を考慮していたみたいね。クロハネの件もだけど、自分の足跡はなるべく残さないようにしてるわ。敵ながらあっぱれね」コンは項垂れながらも一応床や洗面台を調べていた。俺もぼけっとしてる訳にもいかないので、風呂場と脱衣場を仕切る扉を開き中に入った。確かに誰かが直前に入っていたらしく、中には湯気がまだ立ち上っていた。しゃがみこんで床を見るが、証拠どころか髪の毛一本落ちていなかった。それからなんとなく浴槽の横にある排水溝を覗くと、金色に光るボールの様な何かを見つけた。摘んでよく見てみると、ボールの先には細い棒がついている。どうやら棒の部分だけ排水溝から底に落ち、ボール部分がそれを支えていたようだ。「ピアスか.......?」キャッチこそ無いものの、確かにそれは十八ゲージ程のピアスだった。金色のボールの部分には薄いピンク色の宝石が嵌め込まれている。風呂場と排水溝のタイルの色と似ていたせいで見落とすところだったが、何かの証拠になるだろうか.......?「おい、コン。こんなもん見つけたぞ」「え、何。ちょっと見せてよ」コンも風呂場に入り、俺の掌を覗き込む。そしてピアスを手に取ると、じっくりと眺めた。「あんたこれどこにあったの?」「排水溝に引っかかってたけど、そんなもん証拠になるのか?」それを聞いたと同時に彼女は排水溝の前に這いつくばり、しばらくそれを眺めてから姿勢を変えず顔だけこちらに向けた。「如月」「なんだよ」コンはゆっくりと立ち上がり、手についた水をスカートで払うと俺の目の前で立ち止まっる。「今回ばかりは褒めてあげる。よくやったわ、如月」そう言うと彼女は早足で浴室から出て行った。「お、おい。待てよ、お前どこ行くんだよ」「どこって、皆を集めに」一瞬振り返りそう言うと、また背を向けて階段の方へと行ってしまった。慌てて俺も浴室を出て、どこか機嫌良さそうにしっぽを振って歩くコンを追いかけた。