第294話 友人 (1/1)

邪魔ではないが邪魔者カワウソが、滝のある川の広場を泳ぎ始め、俺と龍神は落ち着いて話を始めた。

「あのな紋ちゃん。苺のことじゃけど、喜びんさい、結論から言うと今の苺からはみずちの気配を感じられん。やしろを直したからかも知れんし、あまちゃんさんの神力しんりょくに当てられて、昇天したのかも知れん。もう大丈夫じゃと思うけど、あと少しだけ様子を見ようか」「本当か? それならひと安心だ。理由はなんであれ、あるじの居ない苺の寿命はあと僅か。その僅かな時間を、無事に過ごしてもらえればいいからな」

「うん、まあ、そうなんじゃけど・・・・ワシは、なんか忘れとる気がするんじゃ。紋ちゃん、ワシが何を忘れとるか分かるか?」「あのな~俺に分かる訳がないだろう。それよりも、いくつか確認したい事がある。なあ龍神、ここに苺を連れて来て、苺自身にみそぎをさせるとどうなっていた?」

「う~ん、それな。それも少しは考えたんじゃ。じゃけど。苺の中におるみずちに抵抗されると困るじゃろう。祓われたくないみずちが苺の身体を破裂させ、中からみずちが出て来たらどうもならんじゃろう」「う~それはイヤだな。仮にだぜ、俺の目の前で苺が破裂したら血が飛び散る訳だ。そうすると二度とイチゴジュースを飲めなくなるぜ」

「あのな~そうじゃのうて、仮に苺が破裂すると、その辺に臓物ぞうもつが散らばるじゃろう。そげな事になってみんさい、二度とホルモンが食えんようになるで」「・・・なあ龍神、俺が言うのもアレだけど、この手の話はやめようか。いくらなんでも不謹慎ブラックだからな」

「そうじゃな、ちょっと悪ノリをしてしもうた。こげな会話を桃代さんに聞かれたら、今日から飯抜きになるからのう」「だから、食う話を続けるなって。それとな、あともうひとつ聞きたい事がある。苺をおまえのつかいにしたらどうなる? アイツの寿命は延びるのか?」

「あ~それな・・・実は、紋ちゃんに内緒で苺に聞いた事があるんじゃ。そしたら、【わたくしのあるじは一人だけです】って、断られたんじゃ」「あるじって、水神の事だろう。もう繋がりは切れたって言ってたのに、古風というか律儀というか、自分の命が掛かってるのに頑固なヤツだな。・・・アレかな、もう、覚悟を決めてるのかも知れないな」

「まあ、ワシは苺の意思を尊重するつもりじゃ。じゃけど、覚悟を決めとる。そんな感じでは無かったのう。そこは不思議じゃ、なんでじゃろう? 紋ちゃんなら分かるか?」「阿呆あほう、俺にヘビの気持がわかる訳ないだろう。考えたこともないぜ。てか、さっきから歯切れの悪い言い方をするけど、おまえこそちゃんと考えてるか?」

「なんじゃい、その言い方は! ワシは龍神様じゃけぇ、ワシをバカにするとバチが当たるでぇ」「ほ~~俺にバチを当てるつもりか。じゃあ、やってみろ。それで俺が怪我をすると桃代が怒るぜ。桃代が怒ると、あまちゃんを呼ぶかも知れないぜ。そうなれば、俺もおまえもみずちより面倒な厄介事に巻き込まれるかも知れないぜ」

「あっと、そりゃいけん。ホンマにそうなりそうじゃけん、お互い嫌がらせはせん、ちゅう事で仲直りをしようか。ほんで、そろそろ帰らんと、何か勘繰られるかも知れん。もう帰った方がええ」「そうだな、おまえと不毛な言い争いをしても良い事は無いから、そろそろ帰るか。俺は苺の様子を聞きたかっただけだからな、龍神のおかげで安心したぜ。ありがとうな」

「ほんじゃあ、帰るか。それはそうと、カワウソは何処どこに行ったんじゃ? 紋ちゃん、川の中を潜って探してきんさい」「おまえなぁ、いま仲直りをしたばかりなのに、また俺と不毛な言い争いをするつもりか?」

「だって、ワシが潜ると寒いじゃろう。ワシが風邪を引いたら、紋ちゃんが看病してくれるんか?」「おまえ、本当にぶっ飛ばすぞッ。ここで毎日ブラシを掛けて水洗いをしてやってるのに、風邪なんか引いてないだろう!」

「ごめんって、そがいに怒らんとってよ。それじゃあ、帰る前にブラシを掛けてくれるか」「掛けてくれるか? 俺の腕はパンパンになるのに? お願いしますの間違いではないのか?」

「もう、こまかいのう。ワシと紋ちゃんの仲なんじゃから、言い方なんかどうでもええじゃろう。それよりも、今日は鱗を一枚剥がしたけぇ、ブラシを掛けると痛いんじゃった。ちょっと水洗いを兼ねてカワウソを連れて来るけぇ、一緒に帰るのに待っててくれるか? 」「キモい! 放課後、一緒に帰る約束をした、付き合い始めたばかりの田舎の中学生か!」

「なんか、そのたとえはよう分からん。もっと分かりやすくたとえてくれるか」「いいから、さっさとカワウソを連れてこい。そもそもおまえが面倒を見るって約束で連れて来たくせに、俺に面倒を見させようとするな」

「そうじゃったっけ? そうは言うても、あのカワウソはワシより紋ちゃんの方に懐いとる。ええのう、紋ちゃんは人気者で」「おい、龍神、本当にそう思うか? 人間の友人が一人も居ない俺が人気者だと思うのか?」

「え~っと、それは自己責任ちゅうことで・・・というか、ワシという世にも珍しい友人がおるのに、何が不満なんじゃ」「だからな、人間って限定しただろう。いいから、早くカワウソを連れてこい!」

別に人間の友人が欲しい訳ではない。幼い頃から何時いつも一人だったからな。だが、友人は居なくても味方は居る。人間では無いヤツもいろいろ居るが、俺にはそっちの方が大切だった。