第28話 重たすぎる税制 (1/2)

未明、厩(うまや)のワラが擦れて、微かな音が鳴る。断続的な振動はアクセルにも伝わり、覚醒へと導いた。

「地鳴り、それとも地震か?」

揺れは強弱を繰り返し、やがて遠ざかる。治まった後もしばらく待ち構えたのだが、再び揺れる事は無かった。

「お前たち。もう大丈夫だと思う。眠いのなら寝ておくと良い」

ヒヒン、ブルル。

「ここの馬は繊細な者が多いな。これくらいの図太さがあれば、心穏やかで暮らせるだろうに」

隣のワラの束から、サーシャの寝顔だけが飛び出している。こちらは目覚めるどころか、夢見心地のニヤケ面である。年相応の表情だと言えた。

「アクセルしゃま。コレすんごく、モッチョモチヨです。モッチヨモチョかも。ひと揉みしてみて、遠慮なさらず……」

サーシャの寝返りで、ワラの上から一冊の本が落ちた。勉学用の愛読書である。アクセルは小さく微笑むと、サーシャの枕元に戻してやり、自分も再び横になった。

それからしばらくして、朝日が高く昇った。街の随所が目覚めだし、物音も聞こえるようになる。アクセルは既に身支度を終え、その場でトレーニングを開始した。小汗を肌に感じだした頃、サーシャも大あくびでお目覚めだ。

「フヤァァ〜〜。おはようごじゃいます」

「おはよう、フンッ。よく眠れたか? フンッ」

「ハイです。それはもう。ところで今は何を?」

「最近は身体がなまってきたからな。こまめでも鍛錬を再開する事にした」

「なるほどぉ。だから右手の人差し指だけで逆立ちして腕立て伏せみたいな事してんですね? いやぁほんと、人間離れしてますよ。もちろん良い意味で……」

同行者(サーシャ)が目覚めたのなら、厩に長居する意味もない。アクセルは荷物を背負うと、ヒヒンブルル達に挨拶を告げ、この場を後にした。

「さてと、朝食にしようか。まずは火起こしの準備をだな」

「アクセル様。街中で料理は流石に目立ちますよ。もしかすると、兵士さんが来ちゃうかも」

「そうなのか?」

そこでアクセルは周囲に眼を向けた。

整然とした石畳の続く中央通りは、ペンで引いたような美しき直線。等間隔に街路樹が植えられ、街の中心では大きな噴水が涼し気な飛沫を放つ。そこは人々の憩いの場となっており、杖つきの老人たちが集まっては談笑を愉しんでいた。

道沿いには家屋がひしめき立つ。苔まみれの古びた石造りの家々が立ち並ぶ一方、レンガ造りの家屋も散見される。新旧の家屋が入り乱れる光景だ。

今もレンガ家から中年の女が現れ、軒下の花壇に水をやっていた。その装いも品性が感じられる。羊毛のケープを羽織り、裾の長いワンピースをベルトで絞る。汚れや擦り切れのない上等な衣服だ。少なくとも、穴あきチュニックを着るアクセルよりは、上品な見栄えだと言える。

「これが大都市か。なるほど。道端で料理する者は1人も居ないな。派手な事を仕出かせば、何か面倒になるかもしれない」

「確か、この街には大きな公園があったと思います。そこなら料理しても大丈夫かなって」

「では参ろうか」

中央通りを行き、噴水広場から脇道に逸れる。あらゆる道が格子状に交差する。アクセルは、その構造が少し新鮮に思えた。神精山では整地どころか、まともな道さえ無かったのだ。

「アクセル様、ここが公園。大広場って言うんですね。芝生まで敷き詰めてて、立派ですねぇ!」

大広場は、その名に恥じない位には広々としている。辺り一面が緑地で、視界から家屋の姿が消えてしまう程だ。大きな樫の木にクヌギが育ち、花壇も赤レンガで仕切られている。手入れは細やかのようだ。池に架かる橋も、幼い探究心をくすぐって離さない。まだ早朝の内なのだが、数名ほどの利用客の姿も見えた。

「これは何と言いますか、中々のものですねヌフフ。整った草木に水辺とか、良いセンスしてますよ」

「感銘を受ける程か? 草なんぞ街の外にいくらでも生えているし、崖下を覗けば大渓谷だ。水辺も存分に見られるだろうに」

「まぁ、そうなんですけど。ここのは管理されたヤツなんで。見た目がキレイじゃないですか」

サーシャは遠慮なしに1歩前に出た。硬い石畳に慣れた足が、柔らかな草地を踏んだ、まさにその時だ。

彼女の足元に突如として魔法陣が煌めき、何らかの魔法が発動。それは警鐘を自動的に鳴らす効果があり、実際、辺りにけたたましい鐘の音が鳴り響いた。

「えっ、何? 何かやっちゃいました!?」

その言葉に答えるかのように、2人組の兵士が駆け寄ってきた。腹や胸を覆うだけの軽装鎧と、剣を履いただけの武装だ。背中に翻るマントには、交差する剣の文様が描かれている。それはマズシーナ騎士団の身分を示すものであった。

「そこの2人、止まれ!」

兵士たちは鋭い声で咎めた。詰問の色が強い。

サーシャは踏み出した姿勢のまま硬直する。それを見かねたアクセルが、抱えあげては自分の隣に戻してやった。

「お前たち、無断で立ち入ろうとしたな? ただちに利用料を払え!」

「利用料だと? ここでも金が要るのか?」

「当たり前だ。大公園管理局で手続きを終え、支払いを済ませることで初めて利用可能になる」

「いくらだ?」

「300ディナだ。金が無ければ即刻立ち去れ」

取り付く島もない。若い兵士の顔には、強固な意志だけが浮かび、余計な感情の介在を許さない。たとえば手心や、見て見ぬふりといったものが。

それでもアクセルは動じない。普段通りボンヤリと眺めるばかりだ。しかしサーシャは違う。圧倒するような冷たさに、怯えた素振りを見せるようになる。

「どうしましょう、アクセル様。これじゃご飯を作れませんよ」

「別に構わん。火を使わなければ良いのだろう。この場で食うだけの事だ」

アクセルは革袋から干し肉を二切れ取り出した。それをサーシャと分け合い、かぶり付こうとした。

しかし、それすらも兵士が強く戒めた。

「待て、往来での飲食は3割法の対象だぞ」

「サンワリホー?」

「飲み食いした分に相当する金額の3割を、税として収めてもらう。そのまま待て」

兵士の1人が羊皮紙の束を取り出す。そして紙面を指先でなぞり、金額を確認した。

「干し肉5日分の相場は300だな。それが二切れ。ということは一食分は、5で割って3で割って。それが2人分の3割だから……」

暗算が得意でないのか、兵士は虚空を見上げ、指先を彷徨わせつつ計算を続けた。ポカリと開いた口が、先程までの威厳を吹き飛ばすようである。

だが、一応は慣れた作業だ。答えをすぐに導き出す。

「12ディナだ、今この場で払え。その金も無ければ口にする事は許されん。速やかに片付けろ」

「ほう、それを拒否するとどうなる?」