第106話 勇者の決意① (1/2)
科学や工業の盛んなパディス帝国は、他国よりも進んだ技術を有している。 しかし常に灰色の雲に覆われており、また土壌はお世辞にも良いとは言えない。 だが作物が殆ど育たない代わりに鉱石が豊富だったおかげで、抜きん出た武力と技術力を有する特異な国家なのだ。
「クルト……仇は必ず討つ」
ジークは帝国の飛行艇に飛び乗り、祖国から脱出していた。 彼自身が満身創痍だったうえ、プロキアとヒノワの主力を一気に無力化できなかったため撤退せざるを得なかったのだ。 それと同時に、自分の無力を悔いる。 勇者の座を、そして祖父と弟を奪った怪物を倒せなかったことが、悔しくて仕方なかった。
「仕方がありませんわ、相手は転生者。いくら貴方とはいえ苦戦は必至じゃなくて?」
「メリア……僕は、何も」
「成果はあったじゃないですの」
祖国を共に裏切ったメリアが、含んだような笑みを浮かべる。 <ruby><rb>神の中指</rb><rp>(</rp><rt>フォタァザ・レヴェラータ</rt><rp>)</rp></ruby>。プロキアの大国宝と言われる、黄金の宝剣。 究極の秘宝を手にした令嬢が、帝国の道端にも関わらず笑みを光悦へと変えて頬擦りしていた。
「これで私はプロキアの、王……! ウォルターなどという異端を当主に持ってしまった私が、ついに、玉座を手にしたのですわ!」
「よかったじゃん」
「あら、随分と冷たいのね。平民だからかしら?」
「関係ないと思うけど」
そう話しているうちに帝国首都へ着陸したため、帝国兵から渡されていた仮面を身につけた。 騒音と黒煙が四六時中覆うパディスでは、呼吸や音量を調整する機能を有するマスクを装着しなければ生活できない。 そのため帝国民は動物を模したマスクを、もう一つの顔として生活を行なう。
「メリアの仮面はクジャクなんだ」
「貴方はサーベルタイガー……お似合いですわね」
「そうかな。にしても、互いに素顔を知らない夫婦も居るって不思議だよね」
「私としては、下民と同じものを身に付けているだけでも不快ですけれどもね」
「……民を見下すその態度……上に立つ資格ないよ……」
「うわ急に何ですの、誰ですの!?」
髪の長い猫背の男が背後に現れたせいで、驚いたメリアが飛び退いた。 令嬢は訝しげな視線を送っていたが、勇者は幽霊の仮面を付けた皇子に聞き覚えがあった。
「確か、バケバケだっけ」
「……うん……ヒノワ皇国の皇帝……そして、パディス帝国の月帝候補……」
「あら、貴方は皇族ですのね。私はメリア、プロキア次期国王にして、同じくパディスの月帝候補ですの」
「……一緒にしないでくれるかな……」
「何ですの!?」
「……力づくで奪った玉座に意味なんてない……それだけ……」
「王の命令よ、ジーク! コイツの首を刎ねなさい!!」
「そんなことしたら、今度は僕たちの首が飛ぶよ」
「ぐ、ぬぬ……!」
悔しげに表情を歪めるお嬢様を一瞥し、バケバケは馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「……それじゃあ、僕が月帝に相応しいね……プロキアの玉座で満足してなよ……」
「剣を貸しなさい! 私が直々に首を刎ねて差し上げますわ!!」
「どうどう、落ち着いて」
「……はぁ……」
バケバケは節操のない少女に苛立ちを覚えていた。 器じゃない、そう言いたげに髪をボリボリと掻きむしり、ジークへと視線を向ける。
「……ボクは君の方が……月帝に相応しいと思うけど……」