第3話 異国の王子 (1/2)

城の中央に位置するのは、朱の絨毯が敷き詰められた大きな部屋。いわゆる謁見の間に、大勢の兵士が集まり左右に整列していた。 玉座に座るのは顎髭を蓄えた中年の男、この国の王ノルベルトである。顎髭と同色の濃い茶色の髪には、ところどころ白髪が混ざり始めている。が、端正な顔立ちのおかげなのか、それがほど良いアクセントとなっていた。『外の国からの来訪者』の情報をラディムから受けたのは、先刻。ラディムには娘のフライアに付いてもらい、ノルベルトは早速、使者数名を来訪者の所へと向かわせていた。 ノルベルトは表情を乱すことなく、威厳溢れる佇まいで腰掛けたまま、兵士からの次の<ruby><rb>報</rb><rp>(</rp><rt>しら</rt><rp>)</rp></ruby>せを静かに待ち続ける。 やがて両開きの扉の片方から、一人の兵士が緊張気味に敬礼をしながら入ってきた。

「外の国からの来訪者、只今到着です!」

その言葉で謁見の間の扉を全開にする、別の兵士。 ほどなくして現れたのは、上品な生地の服とマントに身を包んだ二足歩行の大きなカエルと、数十人の従者と<ruby><rb>思</rb><rp>(</rp><rt>おぼ</rt><rp>)</rp></ruby>しき人々であった。異形の来訪者に、並んだ兵士たちが一斉にざわついた。

「なんと……」

先頭に立つ人物のあまりにも異様な風貌にノルベルトも思わず椅子から立ち上がり、そのカエルの顔を凝視する。 濃い緑の皮膚に、インクを滲ませたような茶色の模様が点々と広がった大きな顔。淡い黄色の中に、黒色の丸い瞳がぎょろりと動く目。 ノルベルトは人形ではないのかと一瞬疑うが、数回の瞬きが即時にその可能性を否定した。 カエルは皆からの奇異の視線を浴びつつノルベルトの前まで歩み寄ると、その場にうやうやしく<ruby><rb>傅</rb><rp>(</rp><rt>かしず</rt><rp>)</rp></ruby>いた。瞬間、謁見の間は静寂に包まれる。

「突然の来訪というご無礼をお許しください。私はレクブリック王国がアレニウス家の三男、オデルと申します」

まるで楽器を奏でているかのように聞き取りやすい低めの声が、謁見の間に響き渡った。

「このような姿では<ruby><rb>俄</rb><rp>(</rp><rt>にわ</rt><rp>)</rp></ruby>かに信じていただけないかと思いますが、まぎれもない人間でございます。とある事情により、このような姿になってしまいました。それと王族である証拠は――こちらです」

オデルと名乗ったカエルは顔を上げ、懐から紋様の入った指輪を取り出して掲げた。

「これは、レクブリックの王族だけが持つことを許された指輪です」

遠目でもわかる立派な金の指輪の中央には、双刃の槍と鳥の羽が描かれた紋様が彫られていた。 ノルベルトは僅かに目を細める。偽物には到底見えない。あの紋様が使われている国が実際にあるのか、調べるのは<ruby><rb>容易</rb><rp>(</rp><rt>たやす</rt><rp>)</rp></ruby>いだろう。 オデルと名乗ったカエルは指輪を掲げたまま、さらに続けた。

「この<ruby><rb>度</rb><rp>(</rp><rt>たび</rt><rp>)</rp></ruby>私がここを訪れたのには、明確な理由がございます。私のこの姿を元に戻すため、是非ともあなた方のお力をお貸し頂きたく、遠路はるばるやって参りました」

沈痛な面持ちで、オデルは再度頭を深く下げた。 ノルベルトは無言のまましばらくオデルを見つめていたが、やがて静かな口調で彼に語りかける。

「其方の用件は理解した。私はこのテムスノー国の王、ノルベルト・アルヴォネンと申す。だが、答える前に一つ<ruby><rb>訊</rb><rp>(</rp><rt>き</rt><rp>)</rp></ruby>いておきたいことがある」「何でございましょう」「貴殿らは我々が――いや、この国がm class="emphasisDots">どういう所であるのか、知った上で訪れたということだな?」

ノルベルトの問いかけにオデルは一瞬だけ戸惑いを見せるが、しっかりとした口調で答えた。

「はい。私どもが得た知識が間違っていないと信じた上で。遥か昔に滅んだムー大陸、その負の遺産――。それがここ、テムスノー国であると」

ムー大陸――。 遥か昔、ここテムスノー国の東の海に存在していたとされる大陸である。 超古代文明が栄えていたとまことしやかに噂されてきたが、その痕跡は見つかっておらず、まさに謎の大陸の名を<ruby><rb>恣</rb><rp>(</rp><rt>ほしいまま</rt><rp>)</rp></ruby>にしていた。 これまでに様々な学者たちがその実態を解明しようとしてきたが、同時期に栄えた他の文明の著書に僅かに名前が上がる程度で、遅々として解明は進んでいない。

「……負の遺産か。言い得て妙だな」

眉唾話だと一蹴しても可笑しくないオデルの言葉に、しかしノルベルトは口の端に笑みを浮かべて答えた。 ノルベルトは手を顎に当てしばらく逡巡していたが、玉座に座り直し再び口を開く。

「どうやら、ここで済ませてしまえるような話になりそうもない。食事でも取りながらゆっくり話をと思うのだが、いかがかな?」「大変ありがたい申し出なのですが、あの……。申し訳ございませんが、その前にひとつお願いがございます」「ふむ、申して見よ」「その、私も従者たちもあの崖を登って来て、かなり体力を消耗しておりまして……。できれば、少し休ませていただけたらと――」

言葉の途中で、オデルの後ろにいた従者の一人ががっくりと膝を落とした。それに影響されたかのように、次々とその場で姿勢を崩す従者たち。どうやら彼らは、かなり限界だったらしい。 その光景に一瞬茶の瞳を丸くしたノルベルトだったが、やがて豪快に笑い始めた。

「そういえば貴殿らは、あの崖を登って来たのであったな! いや、気が利かず失礼した。すぐに部屋を用意させよう。まずは十分に体力を回復されよ」

ノルベルトは、すぐさま兵士たちに介抱と部屋の用意の指示を出す。敬礼をし、一斉に動く兵士たち。 一通り命令を出し終えたノルベルトは、満足した面持ちで玉座の横の通路へと向かった。と、何かを思い出したように突然足を止め、再びオデルへと顔を向ける。

「忘れておった。よくぞテムスノー国へ参られた。我々は貴殿らの来訪を心より歓迎する」

深く一礼したオデルの姿を見届けると、今度こそノルベルトは通路の奥へと消えていった。

ラディムとフライアは、日の光が窓からさんさんと注ぐ城の廊下にいた。 陽気に当てられたのか、フライアは両腕を目一杯天に突き出して伸びをする。その後ろから、彼女の膝裏の少し上付近を注視していたラディム。 見えそうで、見えない。

(い、いやいやいやいや! 何を期待してんだよ俺!? あぁくそっ!)

ふと我に返り、脳に焼きついた今の映像をかき消すべく心の中で絶叫しながら、頭をガシガシと掻き毟る。そんなラディムの葛藤など知る由もなく、フライアは笑顔で彼に振り向いた。

「命令がすぐに解除されたってことは、外の国から来たのは、悪い人たちではないってことだよね。ラディムの言うとおりだったね」「えっ? ハハハダカライッタジャン」

<ruby><rb>疾</rb><rp>(</rp><rt>やま</rt><rp>)</rp></ruby>しいことを考えていた直後だったせいか、彼の返事は変にカタコトになってしまった。

「……?」

そんな彼を、訝しげな表情で見つめるフライア。

「で、その外の国の奴とは夜に会うんだっけ?」

彼女の視線に耐え切れなくなったラディムは、慌てて話題を振った。フライアは話題転換されたことに気付くことなく、小さく頷く。

「うん。夜に会食をするそう。外の国から来た人たちはみんな崖を登って来てヘトヘトだから、今は休んでいるみたい」

軟禁の命令が解除され、今しがた事の次第を、フライアはノルベルトから直接聞いてきたところだったのだ。

「しっかし、まさかあの崖を登って来るとはねぇ。しかも一国の王子様が、だ。よっぽどの理由がありそうだよな」「そういえばお父様、それについては何も言わなかったなぁ」

ノルベルトがフライアに伝えたのは、やって来たのは異形の姿をした王子で、この国に対して理解があること、今は疲れて休んでいること、夜に会食をすること、この三点だけだった。

「ま、それはいずれわかるだろうし。今は朝行く予定だった墓参りを――」